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記事全文を読む→年収数千万円だったチェッカーズに大きな格差がついたワケ
9月30日放送の「ナカイの窓」(日本テレビ系)で、元チェッカーズの鶴久政治が、人気絶頂時の凄まじい年収について赤裸々に語った。当時の人気を知る芸能ライターが語る。
「1983年にデビューしたチェッカーズは男女を問わずに支持されました。男子はチェッカーズカットと呼ばれた髪型や服装を真似し、女子は熱烈な追っかけに。あまりにファンが殺到するので、国鉄から新幹線への乗車を拒否されたという逸話もあるほどです」
そのチェッカーズは、鶴久によると「バンド全員で長者番付入ったのはチェッカーズだけ」というほど稼いでいたという。当時はメンバー7人が平等に給料をもらっており、それだけで推定所得が一人3000万円を超えていたのである。
「初期のチェッカーズではほとんどのヒット曲を外部の作家が書いており、メンバーが書いた曲はシングルのB面に入る程度。そのため作詞や作曲をしても印税の額はたかが知れており、メンバー間の所得格差も小さかったのです」(前出・芸能ライター)
そんな節目に変化が現れたのは、オリジナルの楽曲にこだわるようになってから。1987年には全曲がオリジナルのアルバム「GO」を発売し、メンバーのソロ活動も増えていく。このころから、作詞作曲のできるメンバーと、それ以外のメンバーの格差が広がっていったのである。
「多くの作詞を担当するフミヤや、作曲の才能がある鶴久の印税が増える一方で、最もワリを喰ったのが楽器のできない高杢禎彦でした。しかもソロデビューしてもパッとせず、チェッカーズ解散の時には最も強硬に反対したと言われています」(前出・芸能ライター)
その高杢は解散後に、フミヤとの確執をネタにした暴露本を出版。このせいで再結成の芽が絶たれ、高杢は音楽業界からも離れることとなった。対するフミヤは今でも人気アーティストとして活躍し、鶴久は番組内で「毎年高級車が買える」と語ったほどの印税を得ているとか。この格差は作詞作曲の能力だけでなく、暴露本で仲間との絆を断ってしまったことで生まれた可能性も高そうだ。
(金田麻有)
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