仕事帰りにビール好きの同僚と居酒屋の暖簾をくぐり、席に着くなり「とりあえず生」と頼む。そんな習慣の人が、ある店に限っては瓶ビールを注文することがある。生ビールが好きなはずなのに、わざわざ瓶を選ぶのはなぜなのか。瓶ビールは工場で詰められたもの...
記事全文を読む→忘れがたき「昭和のいい女」を一斉追跡!<直撃6・やや(夜霧のハウスマヌカン)>
バブル景気に向かっていた86年、これまでにない奇妙な歌がヒットする。やや(57)の「夜霧のハウスマヌカン」は、時代を表した一曲だった。
郷ひろみの大ファンで、正統派のアイドル歌手になることが夢だった。歌手志望の登竜門だった「スター誕生!」(日本テレビ系)の予選を受けたこともある。
「250点が合格ラインで、私は245点だったんです。それでも、審査員の三木たかし先生が『今は何とも言えないけど、もう一度聴きたい』と言ってくださったことが支えになりました」
恵まれたルックスとプロポーションを生かし、モデルや女優として活動。転機が訪れたのは、クリエイターのいとうせいこう氏がプロデュースした「業界くん物語」というアルバムに参加してから。
「その中の1曲が『夜霧のハウスマヌカン』で、この歌に合う歌手を探していたんです。実はハイヒール・モモコさんも受けていらしたそうです」
ハウスマヌカンとは、今は死語になってしまったが、ブティックの店員を指していた。服を買うためにシャケ弁当で済ますような悲哀を歌詞にしており、サウンドは「プログレッシブ演歌」と名付けた斬新なものだった。
「レコーディングの時に『前川清さん風に歌ってくれ』と指示されたんです。サウンドはロックだけど、サビが『く~う~う~る~う~』とうなっているのはそのためですね」
アルバムの1曲がシングルカットされ、有線放送から火がついた。低音でハスキーな声は「男か? 女か? それともオカマ?」と論争にもなった。
「歌がヒットして、有線大賞の新人賞などもいただきました。同期には少年隊がいましたが、いつも『どこのマヌカン?』とからかわれましたね」
それから4年後、各社競作となった「ランバダ」が再びヒット。CDは石井明美のほうが売れたが、有線チャートは、ややのほうが強かったという。ここでもまた「誰が歌っているの?」と、覆面歌手的な売り方が功を奏した。
この2曲のヒットにより「バブル歌手」と呼ばれることも多かったと笑う。
その後、両親や姉を立て続けに亡くし、甥にあたる姉の息子を未婚の身でありながら育て上げた。
「甥はプロゴルファーの小島慶太というんですけど、彼との日々は戦いでしたよ。彼のレッスンのために毎朝5時に起きてお弁当を作り、地方のホテルに行ってプレー費を払って‥‥。目指してから10年目に、ようやくプロになれてホッとしました」
現在は自身のレーベル「ややレコード」を立ち上げ、新人発掘やライブ活動にも積極的である。
「5月26日には東京・王子の『ベースメントモンスター』というライブハウスでコンサートもやります。昭和というものがしみついた私の歌を、ぜひ聴きにいらしてくださいね」
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