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新★リーダーシップ論 第3回 ジャイアント馬場

グレート小鹿&和田京平「最大のスポンサーはお客さん」の立場を貫いた!
 プロレス黄金期、ジャイアント馬場の全日本プロレスとアントニオ猪木の新日本プロレスがしのぎを削っていた。そんな中、派手なパフォーマンスで世間の耳目を集めた猪木とは対照的に、「王道」とも言える泰然自若とした態度を貫いたのが馬場だ。外見とは裏腹に、きめ細かい戦略で業界を牽引してきた馬場のリーダー像に迫る。

時間をかけて人を見極める
「常にイエスかノーの2つしかないような人でした。アイマイというものがない。ある意味、ブレのない人でしたね」
 そう語るのは、馬場の側近として臨終を看取った数少ない一人、元全日本プロレスレフェリー(現フリー)の和田京平(56)だ。
 その和田と馬場の出会いは30年以上前、和田が会場にリングを設営するスタッフの一人として、全日本プロレスと行動を共にしていた時だった。
 慢性的なレフェリー不足に悩まされていた全日本プロレスで、馬場がある日、和田に白羽の矢を立てたのである。
「若かったからね。会場の隅かなんかで踊っていたら馬場さんに呼ばれて、『お前、リズミカルだな。レフェリーにならないか』って。別にプロレスに特別興味があったわけじゃないし、仕事的に無理だと思ったので、1度は断った。けど、結局、1年後くらいに再び誘われて、レフェリーになる決意をしました。ただ、馬場さんの性格からいって、2度断ったらもう声をかけられなかったと思う」
 牛に引かれて善光寺‥‥ではないが、ひょんなことからプロレス業界に入った和田だけに、まだ〝人気商売〟という自覚に欠けていたという。
 ある日、チンピラとケンカをしてしまい、大ケガを負ってしまう。馬場に休みを申し入れると‥‥。
「『この野郎!』って凄く怒られました。でも、それは最初だけで、それからは冷静にわかりやすく、
『お前は、全日本プロレスのレフェリーなんだよ。警察に捕まるようなことをしてはいけない。ともかく、その(アザだらけの)顔でリングに上げるわけにはいかない。でも、次に同じことをやったらクビだよ』って。そう滔とう々とうと説明されて当時まだ22、23歳でしたけど、俺って頼られているんだな。と自覚が出てきて」
 一種の人心掌握術かとも思えるが、馬場自身のキャラクターもあるのだろう。また、一般的にも思われているように、馬場は多くを語らない。それでも、経営者として、部下のひとりひとりの行動には常に目を配っていた。
「ともかく、人を信用するまで時間がかかる人だから。だから納得いくまで見極める。大好きな葉巻をくゆらせながら」
 それだけ時間をかけて人を見極めるだけに、一面、人に対して厳しいところもあった。
「ともかく、裏切られたらもう、こいつはいらないとなる。それがライバルの新日本に引き抜かれたアブドーラ・ザ・ブッチャーであり、ブルーザー・ブロディだった。そいつらが半年くらいしてウチ(全日)に戻りたいと言ってきたのだけど、馬場さんの答えはノー。引き抜かれた人間は、約束を守れない人間だから信用できない、と」
 引き抜いたほう‥‥これがアントニオ猪木率いる新日本プロレスになるのだが、巷間言われるように馬場とは対照的にアクティブ。動の猪木に静の馬場。
 このライバル関係はお互いのファンを巻き込んで大いに盛り上がった。いずれにしても、事のよしあしはともかくリーダー像としても正反対の2人であった。

お金を決して人任せにしない
「馬場さんは、敵を作らない人だったね。ただ、慎重すぎるくらい慎重なところがあった。例えば、全日本を旗揚げする時がそう。猪木さんが新日本を旗揚げして、『俺も』とライバル心に火がついたんでしょう。ただ、それでも日本テレビというスポンサーがあって馬場さんは初めて腰を上げる。逆に猪木さんは裸でどこにでも行く。ある意味、理想を見せてくれる人なんです。まあ、リーダーに何を求めるかということにもなりますが」
 そう語るのは、全日本プロレスに長年所属し、レスラーとして馬場を間近で見てきた大日本プロレス社長・グレート小鹿(69)。
 小鹿は故・力道山「最後の弟子」を自負する、現在の日本レスリング界では最古参の一人だ。それだけに、力道山から始まったプロレス、そして馬場(や猪木)を最もよく知っている一人でもある。
「何といっても、馬場さんのいいところは、お金に関してどんぶり勘定にしないところ。決して人任せにはしない。反対に猪木さんは人任せにしてしまう。新日本はかなりの金が入ってくるけど、ザルみたいに落ちていく。でも、馬場さんはザルにしっかりと受け止める人です。でも、正直その裏で泣いている人もいるとは思いますけどね。食っていければいいという人間、この世界でひと山あててやろうという人間、どちらを選びますか、という話ですよ」
 一方、小鹿よりかなり遅れて業界に入ってきた和田。それだけに、草創期の苦しみよりも、全盛期の業界をより知る立場にもあった。和田が言う。
「お金に関して言えることは、全日本は給料の遅配や未払いということはなかったということ。バブルの時、僕らが浮かれて、『ヘリコプターでも買いますか』なんて言っても、馬場さんは、『そんな金があったらみんなにやれ』とボーナスを出した。ひとりひとり呼んでね。10万、20万の金ではない、桁が1つは違います」
 そんな絶頂を迎えていた全日本に危機が訪れたのは、90年。看板選手の一人である天龍源一郎(61)が、メガネスーパーをスポンサーにつけた新団体・SWSに移籍するというピンチが訪れたのだ。
 団体存続の危機に、リーダー馬場が言ったひと言を和田が述懐する。
「元子夫人、仲田(龍・秘書)、プロレス誌記者、そして俺の4人で、夜中までミーティングを繰り返した。場所は、キャピトル東急(当時)の喫茶店『オリガミ』。ちなみに、馬場さんは店選びも人間と一緒で信用してここと決めたらそこから動かない。でも、本人はともかくしゃべらないから、俺らがどうしよう、こうしよう、と。そんな時、馬場さんが言ったのが、
『う.ん、凄いスポンサーが出てきたな』。そしてしばらくしてから、『でもなあ、俺のスポンサーはお客さんだから』。その言葉を聞いた時に、この会社は大丈夫だと思った」
 結果的に、SWSは内紛などもあり、2年で瓦解、メガネスーパーもプロレス業界から手を引くこととなる。
 馬場の揺るがぬ信念が功を奏したのか、それとも〝格闘技界〟という伏魔殿の底深さが原因なのか。いずれにしても、全日本プロレスは馬場その人が鬼籍に入るまで存続し、今に至る。

経営者・馬場としての哲学
 プロレスという過酷なショービジネスゆえか、経営絡みのエピソードが多いが、もちろん、馬場の人間性が見える話もある。再び和田が話す。
「阪神淡路大震災の時、元子さんの実家が兵庫県明石にあった。その家の壁が崩れたというので、その時、動ける人間を急きょ集めて現地に向かった。新幹線と在来線を乗り継いで、あの馬場さんがつり革につかまってね(笑)。現場での指示は早かったですよ。急場をしのぐ部屋としてコンテナがいいと言えば、『おお、それ買え』と即断即決。そうして数日、普通に暮らすことができる程度になった頃のことです」
 和田らとともに、たき火にあたっていた馬場が、こう指示したのである。
「『もういいか、片づいたな』って言うと、東京の本社に電話して、『神戸のファンクラブの名簿をファクスで送れ』って。そうして、みずから一軒一軒、みんなに電話をし始めたんです」
 被災直後のことである、当然つながらない家も多かったが、それでも何軒かは連絡を取ることができた。
「『全日本プロレスの馬場です。今何か欲しいものない?』って。みんなびっくりしますよ。そして皆さんの要望を聞いて、翌日、近隣のホームセンターで、水やカップ麺などを買えるだけ買い込んだ。そうして、翌日からそれを配って。そういえば、こんなオマケ話もある。関西の試合によく来てくれる女性ファンがいて、馬場さんが要望を聞くと、『男が欲しい』と。それを聞いた馬場さんは、『ナニ? 男はやれんな』って(笑)。実は言葉足らずの勘違いで、男手が欲しいと言っただけなんだけど」
 さらに馬場は、実際に物資を届ける時も配慮を見せた。和田が続ける。
「体育館に避難しているコがいて、そんな時、馬場さんは中までは入っていかない。騒ぎになるから。で、俺たちが呼んできてね。馬場さんは、『大変だね。何かあったら全日本のほうに電話しなさいよ』。そりゃ、感動してました」
 プロレスファン以外には意外と知られていないエピソードだが、美談には違いない。もっとも、そこでも大事なことがある。それは、ファン、つまり馬場が言うところの〝スポンサー〟に対して好意を示した行動を取っているということ。このあたりに経営者・馬場としての哲学もあるのかもしれない。
 また、馬場がファン以外にはサインをしないことも知る人ぞ知る事実だ。「ファンです、と言う人には馬場さんはサインをします。しかし、ミーハーに有名人だからと寄ってくる人は好きではなかった。実際、こうも言ってました。『(ミーハーな)あのオバサンが、サインをしたら会場に来てくれるか』って」(和田)
 ある意味、とかく山っ気の多い〝興行〟の世界を、レスラーの生活第一に考えた人間、とも言えるかもしれない。そして、グレート小鹿からはこんな話が。
「あるレスラーが、奥さんが経営する店の宣伝のため、地元で引退興行を打ってほしいと。それで、我々レスラーが、その日のギャラを彼に渡すことを提案した。当時移籍してきた長州(力)や谷津(嘉章)たちもみんな、『いいことだ』と協力してくれた。でも、あとで馬場さんに話したら、
『(ギャラは)お前たちの食いぶちだろ』ってね。もちろん、優しいところもあるのは知っている。酒席だって、みずから来ることはないが、皆が声をかければ顔を出してくれる。根は寂しがり屋なんですよ」
 見方はさまざま。が、ジャイアント馬場というプロレス界の文字どおり「巨人」が孤独の中でも自己信念に従って業界をリードしていったことだけは間違いない。

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