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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「長与千種」(2)全盛期はほぼ毎日試合していたの!?
テリー 前に会った時は、たしか長与さんは、つかこうへいさんの舞台をやられていましたよね。
長与 「リング・リング・リング」の時ですね、あれは91年です。
テリー ということは、27年前? もうそんなにたつんだ。しかし、演者としてつかさんの目にとまるって、今考えてもすごいことじゃないですか。稽古や現場は相当大変だったんじゃないですか。
長与 いやあ、大変というか、わけがわからなかったですね。
テリー だって、つかさんの舞台だからセリフも多かったでしょう。
長与 セリフは、もうその日その日で変わっていました(苦笑)。それが1ページじゃなくて、平気で2~3ページとかのレベルで。
テリー そんなの、よく覚えられたね。俺、絶対無理だわ。
長与 基本、口立て(稽古場での芝居の流れを見て浮かんだセリフを口頭で演者に伝えて、芝居をまとめること)だったんですが、体を動かしながらセリフを入れるスタイルが自分には合っていたみたいですね。1日9時間ぐらい稽古したあと、必ずつかさんに焼き肉屋に連れていかれました。毎日、痛風になるぐらい食べていましたから(笑)。
テリー その時、つかさんはどんなことを話されていたんですか。
長与 つかさんはいつも「女子プロレスラーは信用できる。こいつら1面じゃなくて、4面の世界で自分を見せているからな」っておっしゃっていました。
テリー へー、どういう意味ですか。
長与 プロレスラーはリング上で、前後左右の4方向から見られていますから。「だからこいつら、スキがないんだよね」って。
テリー なるほど、おもしろい感覚だなァ。じゃあ、舞台は長与さんに向いていたんだ。
長与 基本、舞台もプロレスもライブなので、抵抗は全然なかったです。
テリー やっぱり長与さんは肝が据わっているよ。その前には、ライオネス飛鳥さんと組んだ「クラッシュギャルズ」で大人気だったけど、当時は大変だったでしょう?
長与 そうですね。とにかく忙しくて、覚えているだけで年間最高310試合もやったんですよ。
テリー うわー、ほぼ毎日じゃないですか。
長与 地方・海外巡業も多くて、家にいないことのほうが多かったですし、当時の若い人たちが楽しむようなことは一切経験していないです。
テリー あの頃は全日本女子プロレスの道場が目黒にあって、いつもすごい数のファンが取り囲んでいたよね。
長与 そうです。自分たちが出させていただくようになってから、事務所も様変わりしていきました。新しくビルも建ちましたし。
テリー そりゃ、相当、儲かったんだね。
長与 だと思います。会場は毎回ソールドアウトでしたし、85年に日本武道館でやった時は、会長が控え室にいらして「物販が、アッという間に1500万売れちゃったよ」ってうれしそうに言っていましたからね(笑)。でも、最近「当時これ買ったんです」っていろんなグッズを見せていただく機会があるんですが、一切知らなくて(笑)。
テリー あらら。じゃあグッズのお金は入ってこなかったんだ。全盛期の年収はどれぐらいでした?
長与 全日本女子プロレスって、どんぶり勘定なんですよ(苦笑)。儲かったらドーンとくれるんですが、月給は決まってなくて、1試合5万円ぐらいの時もあれば、100万円っていう時もありましたしね。
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