スポーツ
Posted on 2018年07月27日 05:58

高橋由伸は夏の甲子園91年・92年神奈川県大会で投打ともに大活躍していた!

2018年07月27日 05:58

 1990年代初頭の神奈川県は完全な“2強時代”に突入していた。91年、92年の夏の県予選は2年連続同一カード。桐蔭学園と横浜が激闘を繰り広げ、2年連続で桐蔭学園が勝利した。そして、その中心にいたのが類いまれな野球センスでのちに世代を象徴するスター選手となり、現在は読売ジャイアンツの第18代監督としてチームの指揮を執る高橋由伸であった。

 高校時代からその非凡な打撃センスはすでに開花しており、1番には主将の高木大成(元・西武)、4番には副島孔太(元・ヤクルト)などが名を連ねる強力打線にもかかわらず、高橋は高校入学後わずか3カ月で3番を任されるようになっていた。その91年夏の神奈川県大会決勝の横浜戦。高橋は初回から3打席連続ヒットを記録し、そのすべてが得点に結びつく大活躍を見せる。桐蔭学園は4回を終わって11‐2と余裕のリード。終盤に横浜の反撃にあうも、この序盤の大量得点を守り切り、11-7で勝利し、7年ぶりの夏の甲子園出場を決めたのである。

 その1年後の92年夏の神奈川県大会決勝。桐蔭学園はふたたび横浜と激突することに。この年から2年生ながら4番に座ることになった高橋は、

「神奈川県を勝ち抜く厳しさを実感し、また甲子園という場所の素晴らしさも体験していたので、1年生の時とはプレッシャーがまったく違っていた」

 と語っているが、試合は1回表に高橋の後を打つ5番・副島に3ランが飛び出し、桐蔭学園が先制。だが、横浜もすぐに逆襲し、2回裏に逆転。試合は序盤からめまぐるしい点の取り合いとなり、7回表を終わって8‐8とがっぷりよつの展開となっていた。

 そしてここで桐蔭学園ベンチが動く。この年、投手も兼任していた高橋をリリーフとしてマウンドへ送ったのだ。のちに、

「投げるのはイヤだって言ったんです。一度、(土屋恵三郎)監督に投げられないからって言いました」

 と振り返った高橋だが、ここをしっかりと抑えて自軍の攻撃のリズムを作っていた。すると直後の8回表。1死一、三塁のチャンスで打席に入った高橋がレフトの頭上を抜くタイムリーを放ち、9‐8と勝ち越し。結局、この回さらに1点を追加した桐蔭学園が10‐8の乱戦を制し、2年連続優勝を果たしたのだった。この試合、打者・高橋は5打数3安打1打点、投手・高橋は3回を投げて被安打1、無失点の好投を見せている。

 最後の打者をセンターフライに打ち取った瞬間の安堵の笑みが、何よりも激闘の跡を物語っていた。

(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年04月28日 16:30

    バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    スポーツ
    2026年05月07日 06:30

    ゴールデンウィークが明けても再起の見通しが立たず、長すぎる空白期間を過ごしているのは、左内腹斜筋肉離れでリハビリ中のヤクルト・山田哲人内野手である。沖縄・浦添キャンプのシートノック中に脇腹の張りを訴え、戦線離脱。5月になっても打撃のひねり動...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/5/12発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク