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記事全文を読む→石橋貴明が後輩芸人に「仕事くれ」と泣きついた(2)吉本芸人の東京進出に反発
民放局関係者が声を潜めて言う。
「実は石橋は、『みなさんのおかげでした』の終了と相前後して吉本の後輩タレントと次々と共演し、“和解”ムードを演出しています。かつては石橋サイドが吉本芸人との共演を『ラインが違う』と拒否していた。例えば、不仲と言われていたダウンタウンの後輩にあたる今田耕司や千原兄弟の千原ジュニアとは今年になって初共演。さらには、『たいむとんねる』では20回の放送中、3回も吉本芸人が出るなど、急接近を仕掛けているのです」
こうした背景には、石橋が“後ろ盾”とするフジテレビとの関係が冷えきっている事情がある。フジ関係者が明かす。
「そもそも『たいむとんねる』が始まる今年4月までに、タカさんが複数のコント番組の企画を持ち込んでいましたが、最終的に予算の問題で全て没になっている。フジはバラエティーでは比較的予算が潤沢なほうですが、それでも冠番組が作れないとなると、他のパトロンの存在が不可欠。そこで浮かび上がったのが、ほかならぬ吉本の存在だったんです」
吉本興業といえば、「笑いの殿堂」として今や全国区の知名度を誇るが、東京への本格進出を図ったのは80年の東京支社開設以降のこと。90年代には、ダウンタウンの東京進出に一役買ったものの、現在のような全国区の番組に欠かせなくなったのは、00年代に入ってからのことだった。古参のお笑い関係者が振り返る。
「吉本の東京進出で大きな役割を果たしたのが、11年にヤクザとの親密交際が発覚して電撃引退した島田紳助(62)でした。彼は田原総一朗氏に請われて、90年から『サンデープロジェクト』の司会で報道番組に進出。その一方で、バラエティーでも数々のタレントをブレイクさせるなどの手腕を発揮し、吉本芸人の東京進出の先導役となった経緯がある。これに敵愾心を抱いたのが、ほかならぬタカさんだった。タカさんはキー局のバラエティーのMC(進行役)に次々と吉本芸人が抜擢されたことに警戒心を抱いて、東京の芸人の再集結を呼びかけていた。中でも有名なのが、09年に紳助が司会を務める『オールスター感謝祭』で、生放送中に東京03に対し『挨拶がない』と胸ぐらをつかんで恫喝し、それが画面に映り込んでしまった事件。それを知ったタカさんは怒り心頭。『みなさんの──』の中で紳助の口癖をギャグに使って揶揄するなど一流のしかたで昇華しつつも、吉本芸人とは明らかに一線を画していました」
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