野球の世界大会「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が3月5日にいよいよ開幕。侍ジャパンは3月6日に、台湾との1次ラウンド初戦(東京ドーム)を迎える。3月7日は韓国戦、8日がオーストラリア戦、10日にチェコ戦が待ち受ける。1次ラウ...
記事全文を読む→76年の木之内みどりと岡田奈々(2)世間を騒がせた恋の逃避行
大輪が用意した作詞・東海林良、作曲・大野克夫、衣裳・早川タケジは「沢田チーム」の面々であり、ロック色の強い楽曲に仕上がった。ジャケットの「白いブラウスに視線を落とした表情」も、これまでにない写真だった。イメージはフランスの歌手であるジェーン・バーキンのロリータ版で、通算11枚目の「横浜いれぶん」(78年2月)が発売される。
「僕の意図したところをみどりは理解してくれた。そしてオリコンでも初めて28位まで上がり、約束どおりみどりも交えてパリ旅行をいただきましたよ」
大輪はロック系の三部作として「無鉄砲」(6月)を、そして「一匹狼(ローン・ウルフ)」(9月)を手がけた。ただし、三作目の発売を前に芸能界を揺るがす大事件が起こった。
〈恋の逃避行──〉
そんな見出しがワイドショーや週刊誌をにぎわせた。既婚者である作曲家・後藤次利の渡米を追い、みどりが仕事を放り出して飛行機に同乗。帰国と同時に会見を開き、そのまま「引退」を発表したのである。
マネジャーの川岸は、35年前の一大事を冷静に振り返る。
「みどりは『無鉄砲』を出して、歌そのままに行動してしまったね‥‥。彼女は純粋な子だったから、ここで引退を撤回させるのは無理だろうと思った。相手の男は『責任を持つ』と言ったけど、すぐには離婚も成立しなかったね」
芸能界における突発引退は、金銭面でも多くの損害を被る。この会見の翌週からオンエアされるはずだったお菓子のCMの違約金や、1年後まで決まっていた仕事のキャンセル分などで「億単位」の金額が消えた。それは浅井企画が倒産しかねない危機だったが、一家の“大将”である萩本欽一が救済に乗り出した。
「事情を聞いた欽ちゃんは、これまで番組に色がつくことを怖れて敬遠していたCMを何本も引き受けてくれた。あれがなかったら会社は存続できなかった」
ただし‥‥萩本も川岸も事務所の社長も、誰1人としてみどりを責めなかった。芸能界的ではない素の魅力に満ちていたのだ。
やがてみどりは後藤との結婚・離婚を経て写真学校に通い、表に顔を出すことはなかったがカメラマンに転身。川岸はこんな「裏の仕事」があったことを明かす。
「ウチから新人がデビューすることになると、みどりに頼んで宣材写真を撮ってもらってたんです」
竹中直人と再婚して2児の母となった今も、青葉のような透明感は変わっていないと川岸は言う。
そんな木之内みどりと同時期に「青春」を象徴したアイドルが岡田奈々だった。歴代の美少女ランキングを挙げれば、70年代は必ず2人が双璧として語られる。
発掘したのは、アイドル文化に一時代を築いた「ボンド企画」の総帥・高杉敬二である。江川ひろしという男性アイドルが岐阜でショーを開催し、担当マネジャーが高熱で倒れたため高杉が代わりに同行──、
「その公演を観に来ていたのが奈々で、一瞬で撃ち抜かれたね。どれだけ人がいても、あのキラキラした大きな瞳の輝きはこっちに飛び込んできたよ」
その日がセーラー服だったため、女学生路線でいこうと高杉は思った。そしてスカウトに応じた奈々は、75年5月に「ひとりごと」でデビューを飾った。
アサ芸チョイス
日本にも「バベルの塔」が実在していたことを知っているだろうか。バベルの塔は「旧約聖書」の「創世記」に登場する、人間が天に届く塔を築こうとして神の怒りに触れ、破壊されてしまった伝説の塔である。「馬鹿と煙は高いところに登る」という言葉があるが、...
記事全文を読む→スマホの通知に追われる日常から、少し距離を置く。そんな「デジタルデトックス」では、若者が編み物や日記、フィルムカメラといったアナログ趣味にハマるケースが報告されているが、この流れは中年層にもじわじわと波及している。その背景にあるのは、仕事で...
記事全文を読む→音楽ライブチケットの高額転売をめぐり、旧ジャニーズ事務所の人気アイドルが所属するSTARTO ENTERTAINMENTのライブ主催会社が、転売サイト大手「チケット流通センター」の運営会社と、高額転売を繰り返したとされる東京都内の男性1人を...
記事全文を読む→
