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記事全文を読む→松田聖子 デビュー40周年の全秘話(3)涙の会見の直後に一変した
聖子の40年史をひもとくと、ワイドショー文化と並走する。とりわけ流行語にもなったのが85年1月23日、恋人だった郷ひろみとの別離会見で発した「生まれ変わったら一緒になろうね」であろう。
郷はのちに「そんなことは言ったことも聞いたこともない」と苦笑しているが、この会見は映画の撮影の合間に東宝・砧スタジオで行われた。撮影していたのは直後に夫となる神田正輝との共演作「カリブ・愛のシンフォニー」(85年・東宝)で、監督は「トラック野郎」などで知られる鈴木則文だ。
鈴木は存命中、筆者にこんなエピソードを明かしてくれた。
「映画の撮影スタッフとすぐ近くのテレビ画面で会見を眺めていたんだよ。この状態では、このあとの撮影はできないだろうなあ‥‥そんなことを考えていた」
やがて会見がすべて終了し、聖子が鈴木たちの前に現れる。
「は~い、皆さん、お待たせしました! さあ、撮影をやりましょう」
報道陣の質問とカメラのフラッシュを無数に浴びてあふれたはずの涙の雫などどこにもなく、満面の笑みを浮かべている。鈴木は、なんという女だろうかと思った。
「この強靱な精神力こそ、芸能人だと思ったよ。いや、これこそ松田聖子だと」
そんな聖子が最も高い評価を得るのは、数多くのアルバムに収録された、質の高い楽曲群である。
作家陣に財津和夫、松任谷由実(呉田軽穂名義)、細野晴臣、尾崎亜美ほか一流のアーティストを次々と投入し、当時の記録である「オリコンシングルランキング24作連続1位」を打ち立てた。
ディレクターの若松は、これらの大物にも平然と書き直しを命じ、ユーミンはたびたび「引き受けるんじゃなかった」と自虐的に語っている。編曲家の大村雅朗は、高い要求に対して「聖子ちゃんのアレンジを続けていくのは苦しい」と漏らしたこともあった。
「白いパラソル」(81年7月)では、若松は作曲した財津との間でこんなやり取りをしたという。
「財津さんに、曲が地味じゃないかと言ったんです。相澤秀禎社長も『これは売れないな』と言ったぐらい。ところが、財津さんはそこで珍しく力説しました。アタマの『お願いよ~、正直な、気持ちだけ聞かせて~』の4小節で絶対に売れますから、と言うんです。なるほどなあと思ったら、実際、それまでの曲と変わらないセールスになりましたね」
聖子は3度の結婚や外国人男性との不倫騒動など、たびたびスキャンダルを提供してきた。それでも、その人気は下がるどころか、不滅の楽曲群とともに長く愛されている。
40周年の今年は、記念ツアーなどイベントが目白押しである。不穏な世の中に、癒やしの歌声は響きわたるだろうか──。
(石田伸也)
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