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記事全文を読む→元ヤクルト飯田哲也、日本シリーズ「伝説のプレー」を成功させた“直感”とは?
1993年、日本プロ野球の日本シリーズは、ヤクルトスワローズが、常勝球団の西武ライオンズ相手に4勝3敗とし、90年にヤクルトの監督に就任した故・野村克也氏にとって初の日本一となった。
このシリーズで、最高殊勲選手に選出されたのは、ヤクルトの川崎憲次郎氏。2試合に登板して2勝の活躍、第7戦をもぎ取った立役者だが、この選手の守備での働きも大きいものがあった。当時、ヤクルトに籍を置いていた、飯田哲也氏であり、第4戦の8回表に、センターの守備に就いた飯田氏が強肩を生かして「伝説」のダイレクトバックホーム。ランナーの生還を阻止し、スコア「1‐0」で辛勝、3勝1敗として西武に王手を掛けるに至ったのだ。
その飯田氏が、プロ野球のOB多数が所属する「プロ野球OBクラブ」のYouTubeチャンネル〈プロ野球OBクラブチャンネル〉に出演し、「野球人生、生きてきた中でのベストプレー!」と当時のプレーを振り返った。
同チャンネルの6月21日付け投稿回〈【飯田哲也】忘れられない1993年日本シリーズ。伝説のバックホーム〉によると、その時、当時のコーチからは、外野の守備に就いた飯田氏に、同点覚悟で「下がれ」の指示だったそうだ。しかし、バックスクリーンからホームに向けて逆風が吹いていたことから、打球が外野の守備を越えることはないと判断。もちろん、西武のバッターはスラッガーの鈴木健氏だったことから、越える確率も十分にあった。が、飯田氏は自身の直感を信じて、コーチの指示は見て見ぬフリ…。結果は、センター前ヒット、前進守備が生きたバックホームであったことを明かしたのだった。
直感が裏目に出れば、レギュラーを外される覚悟を持って臨んだと言う飯田氏の執念が実ったのではないかと思われる日本一。貴重な話が拝聴でき見応えのある回だった。
(ユーチューブライター・所ひで)
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