地元関係者が明かす。
「今から45年くらい前ですかね。隣接した土地が更地になったところで、長嶋家がその土地を買ったのです。おそらく投資用だと思うのですが、なにぶん固定資産税も高い。税金対策のためなのか、亜希子さんが畑を作って家庭菜園をしていました。そこで作られたレモンが、一時期、田園調布や自由が丘の長嶋さんの行きつけの飲食店に配られていたんです。結果、『長嶋印のレモンサワー』などが一般客に提供されるようになった。寿司屋でご相伴にあずかったのですが、大将が『このレモンは長嶋さんの畑で採れたものだよ』と誇らしげでした。私も飲んだけど、ありがたすぎて、どんな味だったかな(笑)」
どのくらい収穫していたのかは不明だが、「田園調布産ミスターレモン」が出回っていたとは、いやはや驚くばかり。長嶋氏が通っていた居酒屋で常連客に話を聞くと、
「こちらもレモンが配られていた店の1つでした。現役当時は、同店で大きな鶏のもも焼きを必ず2皿は平らげていたと言います。店に飾られていた店内撮影以外での長嶋さんの写真は、ご本人から贈られたもので、新聞を見て気に入った写真があると、専属の運転手に拡大してもらうように手配し、飲食店へのプレゼントとして額まで用意していたんです」
亜希子夫人もテイクアウトで利用したことがあるというその居酒屋に話を聞くと、マスコミからの取材は全社断っているそうだが、レモンに関してだけはこう教えてくれた。
「(長嶋家の)お手伝いさんが持ってきてくれました」
ミスターと親しい球界関係者に聞いてみたところ、
「う〜ん、レモンが好きだったなんて聞いたことはないよ」
と、訝しがるばかり。ミスターが愛した街だけに伝わる知る人ぞ知るエピソードとして、幻のレモンについてはひっそりと語り継がれているのだ。
自宅やホテルで食事をする機会が多かった長嶋氏だが、行きつけの飲食店にはふらりと顔を見せた。偶然居合わせた客がこう話す。
「アテネ五輪の日本代表の監督に就任された直後、居酒屋で友人と飲んでいると、店主の親族が営む近隣のお店に長嶋さんが来店しているという情報が伝わりました。そればかりか、こちらの居酒屋にも『ミスターが挨拶に来たいと言っているから、歓迎の意を表して拍手してよ』と店主に言われ、ほどなくして本当に来たんです。何を話していいのかわからず、『世界一になれそうですか?』なんて思わず軽口を叩いてしまったのですが、緊張しすぎてその返答すら覚えていません」
誰とでも分け隔てなく接していたところも、「背番号3」が永遠に愛される理由なのだ。