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記事全文を読む→元広島・大野豊、1年目の「超不名誉記録」を改善に導いた“同名”レジェンド
広島東洋カープ一筋の元プロ野球選手・大野豊氏が、主に広島で活躍した元プロ野球選手・高橋慶彦氏のYouTubeチャンネル〈カープよしひこチャンネル〉に出演。大野氏と言えば、伸びのあるストレートと、キレのあるカーブを武器に、1988年、勝利数「13」を上回る「14」の完投数を挙げて沢村賞に輝くと、この年と97年に2度、最優秀防御率を獲得した「レジェンド」の1人である。
しかしながら、デビュー戦は散々たる結果だったようなのだが、あのレジェンド左腕が、それを改善に導いてくれた…といった興味深い話が明かされた。10月4日付け投稿回〈【神回】大野豊さんが登場!「我が選んだ道に悔いは無し」カープOBを回る旅【高橋慶彦】【大野豊】〉でのことだ─。
大野氏の入団はテストによる1977年3月のことだった。2軍で3勝を挙げ、8月には1軍に上がったことから、「早いでしょ!?凄いでしょ!?」と、ここで、スタッフをあおった大野氏。だが、9月4日の初登板では、1アウトを取るも、その後、満塁ホームランを含む5失点で降板となった。ゆえに、1年目の防御率は「なんと、135点!」といった不名誉な記録が残ったのだとスタジオの笑いを誘ったのだった。
その大野氏が、転機だと振り返ったのは、2年目の78年。阪神タイガース、南海ホークスを渡り歩き、すでに最多勝利2回、最優秀防御率1回、最多奪三振6回のタイトルに輝いていた江夏豊氏が広島に入団した年である。
江夏、大野の両氏はともに左腕で、名前が「豊」だということもあり、当時の古葉竹識監督から面倒を見るように頼まれた江夏氏が、キャンプから付きっきりで大野氏を指導。そして投球フォームの改善に至ったのだという。
レジェンドを指導した江夏氏は、「レジェンド中のレジェンド」だろう。「出会いを大切に」との大野氏から貴重な話が拝聴でき、見ごたえのある回だった。
(ユーチューブライター・所ひで)
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