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記事全文を読む→石原真理子「涙の不貞告白」から1年後の「全身グルグル巻き」救急搬送劇/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
「安全地帯」のボーカルだった玉置浩二と、女優・石原真理子との「ただならぬ関係」が発覚したのは、1985年のこと。玉置にはデビュー前の旭川時代から彼を支え続けた糟糠の妻がいたが、2人は東京・下目黒にある石原のマンションで半同棲生活を送っていた。
ダンマリを決め込む玉置に代わり、1985年2月13日、TBSのスタジオで記者会見を開いた石原は大粒の涙をあふれさせながら、次のように語った。
「奥さんがいたのは知っていました。でも、好きです。恋しています。小学校の時と同じように、無防備な恋をしています。(奥さんには)迷惑をかけました。今後はそれぞれが自分の人生を考えていかなければ……」
さっそく玉置夫妻の故郷である旭川に飛び、玉置の義母を直撃すると、
「女優だか何だか知らないけど、とんでもない話。玉置に対しては、あきれ返って言葉もありません!」
そう言って怒りをあらわにする一方、
「事実なら申し訳ないことをしてしまった。なんとかして元のさやに収まってくれたらいいのですが…」
と語る玉置の父親の言葉に、立場の違いはあれど、我が子を思う親の苦悩がうかがえた。
そんな涙の記者会見から1年が過ぎた頃。2人には破局説が囁かれ始めていた。そこで私たちは、張り込みチームを編成。24時間3交代制で石原の自宅マンションを張り込む日が続いた。だが、仕事に向かう、女友達と会食する、実家に顔を出す以外、石原に特別な動きはない。そんなこともあり、2週間後、デスクから張り込み解除の指示が出た。成果がなかった悔しさよりも、ホッとする気持ちの方が強かった。
ところが、である。そんな安堵感が消し飛ぶのに、さして時間はかからなかった。写真週刊誌「FRIDAY」に「玉置浩二がこっそり忍んだ『密会』の部屋から石原真理子 救急車での脱出劇 一部始終」なる記事が掲載されたのである。
記事には、3階ベランダから全身グルグル巻きにされた石原が担架で降ろされ、病院へ運ばれる現場写真とともに、マンションから出てくる玉置の姿がバッチリ掲載されていた。我が張り込みチームが解散した3日後の出来事だった。
結局、この記事から1カ月後、玉置は妻と正式離婚。慰謝料は、当時としては破格の1億円と報じられた。
ただ、私は当時、事務所が発表した「階段から転落し、背部打撲と第三頸椎左横突起骨折で全治3~4週間」という発表に違和感を覚えていた。いったいどんな落ち方をすれば、そんな大ケガになるのか…。
それから20年を経た2006年12月。石原が出版した自伝「ふぞろいな秘密」により、その理由が玉置のDVにあり、骨折した箇所があと数センチずれていたら、下半身不随になる可能性があったことを知った。
当時、大ヒット曲となった「ワインレッドの心」。この曲を書き、石原と愛の巣を築いた場所が、東京・下目黒。同地を訪れるたびに、張り込みで出し抜かれた苦い思い出が脳裏をよぎる。
山川敦司(やまかわ・あつし):1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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