芸能
Posted on 2022年06月09日 05:58

沖雅也の死後に養父が激白「肉体関係は何の愛情もない、乾いたものでした」/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史

2022年06月09日 05:58

〈おやじ、涅槃で待っている〉

 そんな遺書を残して、沖雅也(当時31歳)が、高さ170メートルの新宿「京王プラザホテル」47階から飛び降りたのは、1983年6月28日だった。

 翌29日、所属プロダクション「JKプランニング」の社長で、沖の養父だった日景忠男氏が、沖の自宅前で記者会見を開く。「自死の原因はわからない」としながら、沖に対する「同性好き」の噂を打ち消した。

 だが「彼が僕の全てだった」と言い切る、沖に対する自分の気持ちを整理できず、時折天を仰いで泣きじゃくるなど、会見はボロボロ。世間の好奇の目を増幅させる結果になってしまった。

 ところが、芸能界とは不思議な世界だ。そんな日景氏のキャラクターに目をつけたテレビ局が同氏を「トランスジェンダーの芸能・風俗リポーター」として起用。ワイドショーでは「美少年評論家」なるタスキをかけて、繁華街を自転車で走り回る…そんな奇妙な演出が話題になった。

 私が日景氏をインタビューしたのは、80年代後半。場所は当時、彼が営んでいた新宿2丁目の喫茶店「シンドバット」だった。

 九州から家出してきた16歳の沖と日景氏が知り合ったのは、池袋の「ぐれえ」というバー。日景氏によれば、月12万円を払う約束で週に一度、部屋に来てもらうようになったという。

「私は同性好きだけど、彼は違っていた。沖は食っていく手段として、仕事を選んだだけ。普通に女性が好きな男でしたね」

 しかし、日景氏の沖への思いは強くなる一方だった。沖のために「一騎プロ」(のちのJKプランニング)を立ち上げると、社長兼マネージャーとして常に寄り添った。

「もちろん、肉体関係もありました。でも、その行為は何の愛情もない、乾いたものでした」

 沖の様子に変化が表れたのは、81年頃である。この年の4月、沖は東名高速でガードレールに衝突する事故を起こしているが、その原因は、

「ノイローゼによる自死未遂でした」(日景氏)

 そして運命の日となる、6月28日がやってくる。日景氏のこんな言葉を憶えている。

「私の人生は、沖が死んで終わりました。だからもう、死ぬことは怖くありません。あの世で沖は待っていてくれます。いつかある日を楽しみにしています」

 私が一部報道で日景氏が2015年2月に亡くなっていたことを知ったのは、最近のことである。

(山川敦司)

1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年11月02日 15:30

    脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年11月04日 13:00

    泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    芸能
    2026年11月05日 17:00

    毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/10/27発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク