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記事全文を読む→里見浩太朗×原田龍二“「水戸黄門」ゴールデンコンビ”特別対談・下〈誰がなんと言おうと霊はいる!SP〉(2)「酒飲まずに役者ができるか」
原田 かつての東映の俳優さんって、皆さん大酒飲みのイメージがあるんですけど、奇しくも里見さんは僕と同じ下戸なんですよ。
里見 京都・東山の将軍塚で中村錦之助(萬屋錦之介)さんの映画「江戸の名物男一心太助」(1958年)のロケをしていたんです。ニューフェイスで入ったばかりの僕は錦之助さんの吹き替え役でね、乗馬の先生に「馬に乗れるか?」と聞かれたんだけど、子供の時に疎開先でおじいちゃんが馬に乗せてくれたことが1回あった。そんなの乗ったうちに入らないんだけど、「やらせてください」と即答したの。それがテストでは奇跡的に成功したんだよ。監督に「お前、馬に乗るのがうまいな。もう1回やってくれ。『太助、如何いたした!』。このセリフだけ言ってくれ。錦之助さんが後で吹き替えるからさ」と言われてね。入ったばかりでセリフなんか言ったこともなかったけど、本番も無事に終わった。このシーンがきっかけで錦之助さんの「風雲児 織田信長」(1959年)で僕は小姓・丹羽万千代役に抜擢されたんです。
原田 里見さんの華麗な乗馬シーンが錦之助さんの脳裏に焼き付いたんですね。
里見 そう。錦之助さんに「撮影が終わったら祇園に行くぞ」と声かけられてね。ステーキ屋で「乾杯だ!」「いや、僕はお酒が全然ダメなんです」「バカ野郎。酒飲まなくていい役者になれるか!」と言われてね。仕方がないので、注がれたビールをグーッと飲みましたよ。あとは何度も注いでもらったけど、飲むフリで何とか凌いだ。そのあとお茶屋へ行くんです。舞妓さん、芸妓さんを呼んでね。そこでトイレに行きたくなったんだけど、昔の祇園のお茶屋さんって1階にしかトイレがなかった。階段を下りたらふわふわっときて、5段ぐらい下りた時にドーンと倒れちゃったの。
原田 それは危い。
里見 気がついたら東映の独身寮で横になっていた。誰か運んでくれたんですね。それ以来、錦之助さんと親しくなりました。僕は錦之助さんに顔が似ていたから、錦(=金)ちゃんではなく、銀ちゃんというあだ名が付いたんです。
原田 飲める俳優さんばっかりだったから、目立っちゃったんでしょうね。
里見 僕以外に飲めなかったのは片岡千恵蔵先生ぐらいでね。
原田 そうなんですか。
里見 「先生、僕はお酒が飲めないんですよ」って言ったら「お前も飲めないのか。いいな!」と麻雀友達になりましたよ。
里見浩太朗(さとみ・こうたろう)1936年生まれ。56年「東映第三期ニューフェイス」として芸能界入り。翌年「天狗街道」で銀幕デビュー。東映時代劇の花形スターを経て、1971年より「水戸黄門」に佐々木助三郎役にて出演。「大江戸捜査網」「長七郎江戸日記」「忠臣蔵」などテレビ時代劇で大活躍、2002年からは「水戸黄門」五代目・水戸光圀役を9年にわたって演じた。5月14日には名古屋・御園座にて「里見浩太朗コンサート」を開催。現在も第一線で活躍を続ける最後の時代劇スターである。
原田龍二(はらだ・りゅうじ)1970年生まれ。東京都出身。92年ドラマ「キライじゃないぜ」で俳優デビュー。「水戸黄門」「相棒」シリーズなど出演多数。温泉バラエティ「湯一無二」(MX)のほかユーチューブ「ニンゲンTV」ではゴーストハンターとしても活躍中!
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