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記事全文を読む→「ユニコーン」ジャケット写真の男は無関係の鳶職人/日本音楽シーン「名作裏面史」
「スタジオは自由な場所なんだからさ。何をやってもいいんだよ」
共同プロデューサーの言葉を受け、奥田民生が作詞・作曲を担当した前作「PANIC ATTACK」(88年)から一変。堀内一史、阿部義晴、西川幸一、手島いさむらメンバー全員が作詞、もしくは作曲を担当した。そうして89年6月にCBSソニーからリリースされたのが、ユニコーンの3rdアルバム「服部」だった。
アルバムに収録された14曲は、フルオーケストラからサンバ、レゲエ、アシッドフォーク、ハードロック、変拍子ジャズと、何でもあり。詞のイメージからメロディー、アレンジにいたるまで、メンバー全員の人間性がぶつかり合い、それぞれの才能を凝縮させるような、極めて音楽性の高い力作だった。
さらに、アルバムタイトルは「意味のないものにしたい」とのメンバーの要望もあって「もう『服部』ぐらいのタイトルでいいんじゃないの」という奥田の提案を採用。ツアー最終日の打ち上げ会場で決定したというが、それをスタッフに伝えると、全員が固まってしまったという逸話も残されている。
アルバムの内容もさることながら、ジャケットも秀逸だった。というのも、彼らがジャケット写真にアップで使用したのが、メンバーとは全くゆかりのない老齢男性の顔。モデルは東京都荒川区在住の鳶職人で、旧江戸町火消九番組れ組副組頭を務めていた男性のそれだった。
ところがこの「服部」が、若者たちの絶大な支持を獲得。アルバムチャートでは3位に食い込み、47万枚の売り上げを記録する。シングルカットされた「大迷惑」は、恐ろしいほどのスピードで突き進むパンクビートに、壮大なフルオーケストラが絡むという、他に類を見ない1曲。しかも、歌詞で描かれるサラリーマンは当時、BOOWYやブルーハーツなどの世界観にあった「死んだ目で満員電車に揺られている」「あんなふうには死んでもなりたくない」存在とは真逆な「働く男」たち。そんなサラリーマンの「単身赴任の悲劇」を歌ったものがバブルに沸く80年代後半に大ヒットするのだから、世の中わからないものだ。
ユニコーンはこのアルバムをきっかけに、バンドとしての統一感から、それぞれの個性を発揮したアルバム作りへと移行していくことになったのである。
クリエイティヴなスタンスを貫き通してきた彼らの生きざまを知る上でも、貴重な一枚になることは間違いない。
そんなユニコーンが10月21日、広島・呉信用金庫ホールで、デビュー35周年のアニバーサリーライブ「UNICORN緊急特番 ~5人でノリノリ35祭~」を開催した。12月28日には、35年の歴史を詰め込んだBlu-ray「M.V.P. XXXV」の発売も決定している。
(山川敦司)
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