太陽系のように、太陽の近くには水星や地球のような小柄な岩石惑星があり、遠くには木星や土星のような巨大なガス惑星が鎮座する。これまでは、これが宇宙の普遍的なルール、いわば「銀河の交通整理」だと信じられてきた。ところが今年4月、ESA(欧州宇宙...
記事全文を読む→「トラック野郎」の奇才・鈴木則文監督が愛した女優たち(1)あべ静江が語る鈴木監督の人物像
笑い、義理人情、下ネタ、お色気、そしてアクション──あらゆる要素を内包し、シリーズ10作を数えた大ヒット映画「トラック野郎」。歴史に残る名作を生んだ娯楽映画の奇才・鈴木則文監督とはいかなる人物だったのか。監督が愛し、スクリーンを彩った女優が、ヒットメーカーの知られざる姿を追悼激白する。
死因は脳室内出血。5月15日に80歳で他界した鈴木則文(のりぶみ)監督の葬儀では、出棺時に「一番星ブルース」が流された。菅原文太、愛川欽也のコンビで一世を風靡した、あの「トラック野郎」シリーズの主題歌だった──。
1975年8月31日に封切られた第一作「トラック野郎 ご意見無用」が大ヒットを記録。すぐさま正月公開作品として製作されたのが「トラック野郎 爆走一番星」だった。
その二代目マドンナに抜擢されたのは、当時、清楚な美人歌手として人気を博していたあべ静江(62)。太宰治を愛読する女子大生役だった。義兄との許されざる恋に悩む一方で、星桃太郎(菅原文太)に一目ぼれされることになる。
「当時は音楽番組がたくさんあったし、『平凡』や『明星』といった芸能誌にも出ていたので本当に忙しかった。なので、この作品にはコマ切れで撮影に参加していました。映画出演は初めてでしたが、演技は子役時代からしていたので戸惑いはありませんでしたね。ただ、当時の東映はヤクザ映画全盛期。撮影所全体がそんな雰囲気で覆われていて、ものすごい迫力のある人たちばかりで、圧迫感というか、威圧感が凄かったです」
男臭い環境に放り込まれた彼女の目に、監督はどう映ったのか。
「でも鈴木監督はそのカラーとは違っていましたね。監督の中に文学青年だった匂いを感じることができました。私は寺山修司さんが好きだったんですが、監督は寺山さんと同じような、もっさりしたしゃべり方。言葉少なめで、どちらかというと、動より静の印象が強かった。ただ、ケンカのシーンなどは一気にいく。そういうパワフルな面も持ち合わせていましたね」
事実、鈴木監督は映画界屈指の読書家として知られたのだが、あべ自身が文学少女だったことも、監督の「内包された部分」を見る要因となったようだ。
「私は小・中学校時代はSF小説、とりわけ(アメリカSF作家の)ブラッドベリが好きでした。高校生になると芥川龍之介を読んで、短大では児童文学に親しみました。というわけで、太宰治よりも芥川龍之介党なんですが」
監督の演出について、あべは次のように回想した。
「ダメ出しとかほとんどなかったですね。ハンカチを出す時の手の位置を注意されたぐらい。高さも決まっていたりして。監督から言われたのは立ち位置と動き、セリフのテンポですね。テンポで性格や役柄が決まってくると言われました。私のシーンはアップが多くて、ほとんど切り返しで撮っていた。今思い出しても、わりとのんきに淡々と演じていましたよ。衣装なんかも監督に了解を取りながら、自前のものを使用していましたし。衣装部が用意したのを着たのは、最後の山登りに向かうところだけでしたね」
◆アサヒ芸能6/3発売(6/12号)より
アサ芸チョイス
AIは本当に人類を終わらせるのか。専門家のとある主張が世界を震撼させている。その「AI終末論」は、AI開発企業アンソロピックに勤めていた元研究員、ジェイコブ・コクソン氏によるもの。Xで「AI研究関係者の多くが、AIは今後10年以内に人類を破...
記事全文を読む→「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」は、広島カープに大きな衝撃を与えた忌まわしいブツだ。元広島カープの羽月隆太郎氏にこれを譲り渡したとして医薬品医療機器法違反の罪に問われた会社役員・滝口涼介被告の初公判が9月16日に広島地裁で...
記事全文を読む→20世紀最大級のミステリーと言われてきた、イギリス・スコットランドのネス湖に生息するという未確認動物(UMA)の「ネッシー」に、再び熱い視線が注がれている。いったいなぜか。一時期は目撃情報が激減し、専門家からは死亡説や、人間の活動を警戒して...
記事全文を読む→

