もう真夏の外出は、根性で乗り切る時代ではないらしい。気象庁は今年、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と新たに決めた。猛暑日を超える暑さが日常化したことで、服そのものが冷却機器になる流れも加速している。これまでのファン付きウェアは「現場作業用...
記事全文を読む→長嶋一茂「パチンコの師匠」はあの「オレ流」三冠王だった!
あの落合博満氏はなんと、長嶋一茂のパチンコの師匠だった。
現在はタレントとしてワイドショーで大活躍し、政治から芸能まで幅広くコメントしている一茂だが、プロ野球選手になった当時は、今以上に浮世離れしていた。
ヤクルトに入団し、愛車ソアラを購入した際、報道陣から「ローン、組んだの?」と質問され「ローンって何ですか」と答え、ア然とさせている。
当時の野球選手といえば、競馬やパチンコをたしなむ人も多かった。競馬好きが高じて馬主になった大魔神・佐々木主浩氏などの例もある。
ところが一茂の場合、競馬どころか、若手選手が暇つぶしでやっていたパチンコさえ知らなかった。そのパチンコに初めて連れ出したのが、落合氏だったのだ。
1992年の自主トレ期間中のことだ。この時、中日の落合氏は家族連れで西伊豆の田子町にある友人・五木ひろしの別荘を借り受けて、自主トレを行っていた。前年、落合氏は中日の4番として37本塁打を放ち、2年連続で本塁打王に輝く。再び、三冠王を狙っていた。
その落合氏に電撃入門したのが、ヤクルトの一茂だったのだ。バット1本と身の回り品を詰めたバッグ持参で訪れた一茂を、落合氏は近所の小学校のグラウンドに連れ出し、4日間にわたって指導した。
その間、寝泊まりも食事も一緒。落合氏は食事を大事にすることで有名だ。信子夫人が用意した鍋を囲みながら、栄養面や野球に対する心構えなどを教えたと伝わっている。
それだけではない。社会勉強の一環として、一茂をパチンコ店に連れて行ったのだ。当時の流行は7を3つ揃える、いわゆるフィーバー台。ビギナーズラックで大当たりを引いた一茂は、初めての体験に戸惑いながらも大喜びしたという。
その年の一茂は風邪を引き、米国ユマキャンプの初日からリタイア。野村克也監督の構想から外れて、ドジャース参加の1Aベロビーチに野球留学した。
オフには巨人へ金銭トレードされ、落合氏の門を叩くことはなくなった。だがその後、落合氏とは巨人でチームメートになるのだから、人生とは面白いものだ。
(阿部勝彦)
アサ芸チョイス
ドジャース・大谷翔平の第二子誕生をめぐって、フェミニストを名乗る女性たちがSNS上で「多産DVだ」「年子出産は女性虐待だ」と騒いでいる。大谷夫妻は昨年4月20日に第一子誕生を報告、この6月20日に第二子誕生をアナウンスした。これら誹謗中傷コ...
記事全文を読む→一発出たら同点。3-7と4点をリードされて迎えた7回裏、二死満塁の場面。この日いちばんの勝負どころで、広島・新井貴浩監督がベンチから送り出した代打は捕手・石原貴規だった。結果は空振り三振。最大の山場でなぜ、より長打を見込める打者を送り込まな...
記事全文を読む→これはトレードのショーケースなのだろうか。そう思ってしまったのは、阪神タイガースの梅野隆太郎捕手が2軍から再昇格し、6月23日のヤクルト戦に即スタメン出場して攻守に高い能力を見せつけたことだ。1-0とリードした5回に二塁打を放ってチャンスメ...
記事全文を読む→

