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記事全文を読む→世界の福本豊<プロ野球“足攻爆談!”>「サトテル級の不振が僕にもあった」
阪神の佐藤輝明が6月7日の西武戦(甲子園)で24日ぶりに1軍復帰した。打率2割9厘の打撃不振に加えて、三塁の守備で大事なところでエラーしての2軍落ちやった。6月5日に大山悠輔がこれまた大不振で登録抹消となり、入れ替わる形となった。復帰戦はラジオの解説で記者席にいたが、テルの打席はファンの歓声がすごく、期待に応えて2安打。三塁の守備も軽快な動きを披露した。でも、お灸をすえた効果とは思っていない。そもそも、2軍に落としたらアカン選手で、これぐらいやって当然なんやから。
ノーチャンスな感じの三振をすることがあるし、痛いエラーをすることもある。岡田監督は我慢の限界を超えたんやろうけど、相手からすると、佐藤輝が打線に名を連ねていると怖い。タイミングよくバットに当たりさえすれば、軽々とホームランになるんやから。ムラはあるけど、使い続けたら、20本以上のホームランは打つ。そんな選手はなかなかいてない。
それと、レギュラーを長く張っていれば、誰でも成績の悪い年がある。僕だって、底なしのスランプを経験した。シーズン序盤から打率2割になかなか届かなかったのが、プロ7年目の1975年のシーズンやった。前の年は張本さんらと首位打者を争い、打率3割2分7厘の自己最高の数字を残した。ところが翌年、ドツボにはまった。開幕直後から身長ぐらいの低打率に苦しみ、夏前まで打率が上がっていかなかった。
不振の最大の原因は、タイミングが合わないこと。バッティングで一番難しいのはタイミングやから。遅れ気味になっているのはわかっているのに、修正できなかった。それと、もう一つ思い当たる節があった。ゴルフを覚えたことで、アッパー気味に振るクセがついた可能性やった。最短距離でバットを出せないので速い球に振り遅れていた。
悪い時は、もがけばもがくほど悪い方向に向かうもの。調子を取り戻そうと、連日、早出でマシン相手に打ち込みを行い、「これで行ける」という感触をつかんだはずやのに、ダメやった。今度は練習のしすぎでバテて、体のキレがなくなっていた。休むのも練習のうちということ。大山も責任感の強い選手やから、練習のしすぎでバテてしまっている可能性はある。連日のように早くから球場に来て、打ち込んでいたはず。岡田監督も「全然キレがない」と、2軍で本来の動きを取り戻すことを願っていたけど、まずは心身ともに疲労をしっかり取ることが一番大切やと思う。
僕の場合はその年に、最終的には初めて、全試合の130試合に出場できた。使い続けてくれた上田利治監督に感謝しなアカン。打率は2割5分9厘で何とか格好がつく数字になり、盗塁も前年の94からは大きく減らしたが、63で6年連続のタイトルを獲れた。夏頃から結果が出はじめた理由は、ただ単に相手投手がバテてきたから。実際に「早く暑くなれ」と思っていた。春はどの投手も元気やから、やっぱりキレがいい。打者にとっての稼ぎどころは夏場以降やからね。
テルでひとつ気になったのは、復帰戦の先制点でホームにヘッドスライディングしたこと。もし、周囲への「頑張ってますアピール」だとしたら、𠮟りたい。選手はケガするのが一番アカンこと。夏場からが勝負なんやから、普通にやっていればいい。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。
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