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記事全文を読む→「朝まで生テレビ!」が「9時まで生テレビ!」へ!日曜ゴールデンへのサプライズ移転に続出する疑問
これは「新たなスタート」なのか。それとも「終わりの始まり」なのか。
1987年4月にスタートした、テレビ朝日の名物討論番組「朝まで生テレビ!」の地上波放送が9月をもって終了することがわかった。10月からBS朝日での放送へと移転するというのだが…。
原則、毎月最終金曜日の深夜に放送され、数々の議論を巻き起こしてきた同番組だが、スタート当時は深夜1時から早朝6時という長丁場だった。この意義を週刊誌編集者が振り返る。
「当時、こうしたスタイルの討論番組は非常に珍しく、他局から二番煎じ的な番組が生まれたことがありました。しかし、朝ナマは一強でした。番組の影響力はとても強く、夜更かしの得意な大学生たちは必ず見ていました。大学生のサークルの集まりで朝ナマが話題になることが少なくなかったですし、朝ナマきっかけで政界に興味を持つ学生が結構いた印象です」
司会は番組開始時から田原総一朗氏が務め、その両側を映画監督の大島渚氏、作家の野坂昭如氏が陣取っていた。国際政治学者の舛添要一氏や作家の猪瀬直樹氏という、のちの悪名高き元都知事たちは、同番組で国民に広く顔を知られる存在となったと言って過言ではない。
他にも、現在は衆議院議員の辻元清美氏、経済人類学者の栗本慎一郎氏、ジャーナリストで「インサイダー」編集長の高野孟氏、評論家の西部邁氏、民族派の活動家・野村秋介氏、作家で政治運動家の小田実氏といった面々が、初期の名物パネラーとして活躍している。前出の週刊誌編集者が振り返る。
「当初はまだ若く血気盛んだった田原氏を中心に、スタジオにパネラーの怒号が飛び交う緊迫した討論が面白かった。国内外の政治問題だけでなく、原発問題やプロ野球、さらにオリンピックなどの多岐にわたるテーマも興味深かったですね。時代とともに放送時間が短縮され、現在は深夜1時30分から4時25分へと短くなり、テーマにマンネリ化の印象があったことは否めません。地上波での放送終了は時代の流れでしょうね」
とはいえ今回、BSで見られれば…という朝ナマ好きをぶ然とさせたのが、BS朝日に移ったあとの番組の放送時間だ。なんと、毎月最終日曜日の午後7時から8時54分という、まさかのゴールデンタイムになるという。司会はこれまで通り、90歳になった田原氏が担当するが、
「まず、もはや『朝まで生テレビ!』ではないですよね。金曜深夜に無礼講と言わんばかりの討論を、翌日の起床を気にせず楽しめたから、視聴の価値があったと言えます。これが日曜のゴールデンでは…視聴者層が大きく変わる。2時間弱でパネラーの数が限られるでしょうし、これまでのような怒号が飛び交う激論が可能とは思えません。議論に重要な、一般の意見を聞く時間さえないかもしれませんね」(前出・週刊誌編集者)
当然、司会を務める田原氏の年齢を考えると、2時間生放送というだけで大変だ。しかし、朝ナマが朝ナマではなくなってしまう驚きの改編に、視聴者からは放送日や時間を変えては意味がない、という声が…。あるいは「司会者を代える手はないのか」というストレートな意見もあるのだ。
日曜日のゴールデンタイムに、御年90歳のMCが切り盛りする社会問題を扱った討論番組を、はたしてどういった視聴者が見るのか。そもそも番組名はどうなってしまうのか。「9時まで生テレビ!」の行く末が気になってしょうがない。
(石見剣)
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