芸能

火野正平「50年前のドラマと遺作映画」ありえない一体化/大高宏雄の「映画一直線」

 火野正平さんが11月14日に亡くなってから、3週間あまりが過ぎた。75歳だった。火野さんといい、西田敏行さんといい、唐突な印象のある俳優の訃報が続いている。全くタイプが違っていたお二方だが、最期まで現役で活躍し、俳優の道を突き進んだのは同じである。

 火野さんについて、個人的な昔の話をさせてもらう。彼の存在がわが脳裏に強烈に入り込んできたのは、1973年のこと。テレビドラマ「それぞれの秋」の大学生役だった。火野さん、当時24歳。山田太一が脚本、井下靖央らが演出を手掛けた。

 この作品は、ある家族を描くホームドラマである。もちろん山田脚本だから、ほんわかムードのホームドラマとはわけが違う。皆それぞれに、いろいろな問題を抱えている。

 一家を構成する俳優は小林桂樹、久我美子、林隆三、小倉一郎(当時の俳優名)、高沢順子の5人。火野さんは、小倉の大学生の友達の役だ。ひ弱な感じが持ち味の小倉とは対照的に、火野さんはちょっと不良がかっていた。

 といって、性根の入ったワルではない。チンピラ風情でもない。だから、高圧的な怖さは発しない。周りを慌てさせるいたずらっ子が、大学生になったような感じだ。

 上背はそれほどない。時代の流行だった長髪、斜に構えた態度、独特の響きを持つ声質。同じく70年代初頭に頭角を現す萩原健一や松田優作とは違って、どこにでもいそうな身近な趣があった。

 小倉をちょっとしたワルの道に誘い込む。いたずらのつもりだったろうが、それが桃井かおり扮するスケ番の登場を呼び起こし、妹役の高沢順子の隠された素性をあからさまにする。

 いわば火野さんは、ドラマに波風を立てる役回りだ。「それぞれの秋」という家族ドラマの恥部をさらしていく、先導役とも言っていい。ワルになりきれず、人の好さ、優しさがチラチラし、ヒーローやアンチヒーローとも縁遠い彼の演技スタイルが、とても新鮮だった。

 同年の大河ドラマ「国盗り物語」の秀吉役も含め、お茶の間の人気は映画へと波及。翌1974年、舛田利雄監督の「俺の血は他人の血」で、映画の初主演を果たす。子役時代から、足かけ10年以上の歳月が過ぎている。

 ところがこの作品が不評を買い、興行的にも厳しかった。筒井康隆原作の、SF調の作風が肌に合わなかったか。その後はテレビや映画で、脇役として登場する機会が増えていった。

 火野さんは、地に足がついた俳優なのだと思う。テレビの「必殺」シリーズなどでは、若い時のくだけた風貌、キャラクターの上に立ち、地べたを見据えたような重厚な演技の質が加わった。

 そう、あの独特の声のトーンは、地べたから湧き上がってきた、とも言えるかもしれない。松田優作の迫力ある低音質とはひと味違って、凄みと温かみが同居していた。

 映画の遺作は、今年大ヒットした「ラストマイル」だ。大手ショッピングサイトの末端で働く配送ドライバーの役がまた、似合っていた。

 自身の仕事をめぐり、過去の自負の思いと、現在の迷いの間を行ったり来たりする。時代は変わった。仕事の引き際の時期を間近にした人からすると、彼の心情がよりいっそう強く伝わってくることだろう。

 火野正平さん。「それぞれの秋」と「ラストマイル」の2作品が50年の時を経て、彼の俳優人生の中で見事に重なり合った気がしてならない。ありえないことだと思う。ありがとうございました。

(大高宏雄)

 映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2024年には33回目を迎えた。

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