汗だくで帰宅して、急いでシャワーを浴びる。ところがリモコンの数字は40℃設定なのに、なぜかぬるい。家族が立て続けに使う朝、汗を流したい夜、出てくる湯はどこか頼りないのだ。「節約のつもりで下げた給湯器の設定が、実は風呂場の不満の原因かもしれな...
記事全文を読む→【江戸時代の怪談】いったいどこまでが真実!? 佐賀藩「鍋島の化け猫騒動」
江戸時代に肥前・佐賀藩で起きた「鍋島騒動」と呼ばれるものがある。これは「鍋島の化け猫騒動」、すなわち怪談として伝わっている。
佐賀鍋島藩の2代藩主・鍋島光茂がある日、盲目の青年である龍造寺又七郎を城中に招き、碁を打っていた。もともと龍造寺家は鍋島家の主筋だったが、天正12年(1584年)に島原半島沖田畷の戦いで龍造寺隆信が敗死したのを境に、没落。龍造寺一族の又七郎は客分として、1000石を与えられていた。
その日、光茂は碁の名人といわれた又七郎に連敗。頭に血が上り、激昂のあまり又七郎を斬り殺してしまった。又七郎の母はわが子の死を嘆き、悲しみと怒りを飼い猫に語り、自殺する。流れる老婆の血をなめ尽くした飼い猫はやがて怪猫となり、光茂の愛妾・お豊の方を食い殺した上、そのお豊の方に化けて夜な夜な光茂を苦しめたという。だが、家臣の伊藤惣太、小森半左衛門が正体を見破り、退治。化け猫騒動は収まった。これがあらすじだ。
だが実際は光茂ではなく、龍造寺隆信の義弟で、佐賀藩の藩祖となった鍋島直茂だ。そして又七郎のモデルは龍造寺隆信の孫・高房らしい。家臣だった直茂に実権を奪われた高房は、絶望して自殺を試みた。命こそ取り留めたものの、精神に異常をきたし、慶長12年(1607年)、江戸屋敷で妻を刺殺した挙げ句、再び自殺を図り、出血多量でこの世を去った。
高房の父・政家は失意の末、あとを追うように病死した。高房の遺体は佐賀城下精の泰長院に葬られたが、その亡霊が白装束で馬に乗り、城下を駆け巡るようになったという。実際は龍造寺家の残党が治安を乱すため、暴れ回ったようだが…。
直茂は高房のために天祐寺を建立してその霊を慰めたが、元和元年(1618年)、耳に腫瘍ができ、激痛のために81歳で悶死した。当時の人は高房の亡霊の仕業だと噂した、と伝わっている。
いったい、どこまでが事実だろうか。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
中道改革連合の伊佐進一衆院議員(比例近畿ブロック)というと、青いスパンコールのジャケットや華やかな蝶ネクタイといった「派手な服装」をしていることで有名になった。最近は自民党総裁選での中傷動画疑惑をめぐり、国会で高市早苗首相を積極的に追及して...
記事全文を読む→超親密を保っていたアメリカのトランプ大統領とイタリアのメローニ首相が突然、激しく罵り合う。一枚の写真がきっかけだった。トランプ大統領はフランスで開催されたG7サミットでの「出来事」を、イタリアのテレビインタビューで、次のように明かしたのであ...
記事全文を読む→月並みな物言いだが、あの巨人・阿部慎之助前監督逮捕のニュースは、AIと人間との関係を改めて考えさせられた。父親から暴力を受けた長女が「チャットGPT」に相談し、その回答に基づいて児童相談所に通報したところ、警察が即座に動いて現行犯逮捕に至っ...
記事全文を読む→

