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記事全文を読む→【世界の「最凶独裁者」列伝】死刑判決5分後に120発「公開銃殺刑」チャウシェスク大統領夫妻にルーマニア国民「怒りの報復」
「2人とは視線を交わすこともなかったし、何の同情も湧かなかった。そう、動物を殺すようなものだった」
これは銃殺隊員のひとりだった、ルーマニア革命軍兵士の証言である。
夫婦揃って権力を欲しいままに私腹を肥やし、クリスマスに公開処刑された独裁者夫妻が最後に目にしたのは、銃口を向けた兵士らの、氷のように冷たい笑みだったのかもしれない。
1989年12月25日、ルーマニア共産党書記長のニコラエ・チャウシェスク大統領が、その妻エレナとともに公開処刑された。チャウシェスクは1965年、前任者の死去により、共産党第一書記に就任。ルーマニアの最高権力者となった。
社会主義体制の国家でありながら、ソ連と距離を置いていたルーマニアは、1984年のロス五輪を全ての東側諸国がボイコットする中、唯一参加するなど、独自路線を進む「一匹狼」として、西側諸国から高く評価されていた。
しかし、それは対外的な話。国内では大きな社会問題が起こっていた。それが1960年代後半から実施された、子供を4人産むまでは堕胎も避妊も禁じるという、とんでもない法律だった。発案したのは妻エレナ。彼女いわく、中絶・堕胎を禁じれば人口が増え、税収を増やせるはずだ、と。
実際に人口は増えた。だが、街のいたるところに捨て子があふれ、折からのオイルショックの影響もあり、経済は大混乱。国民の生活は困窮を極めていく。
そんな国民を尻目に、大統領夫妻は税金を不正に蓄財しはじめ、公費で1500億円の大邸宅を建築。苦しみ続ける国民の生活など知ったことかと言わんばかりに、贅沢の限りを尽くした。
となれば当然、独裁者失脚が企てられるのが世の常だが、猜疑心にかられたチャウシェスクは秘密警察を使い、自分に不満を抱く者を徹底的に弾圧。その結果、1989年12月16日には、民衆によるデモが発生する。その際、秘密警察がデモ隊に発砲し、多くの死傷者が出ることになった。
しかし、運命の日はあまりにも早くやってきた。5日後の12月21日、デモ終結をアピールするため、首都ブクレシュティ(ブカレスト)の共産党本部庁舎前で、10万人集会を開催したチャウシェスク夫妻。これで積もり積もった民衆の思いがついに爆発する。共産党庁舎前が、独裁者への抗議集会の場へと変貌したのである。
デモは革命派軍部と秘密警察の内戦となり、革命派に宮殿を包囲された夫妻はヘリコプターで逃亡したが、その日のうちに身柄が確保される。そして12月25日、夫妻は自国民の大量虐殺や「国民経済を弱体化させた」容疑などで起訴され、全財産を没収。同日午後2時40分、2人には死刑が宣告された。
両手を紐で後ろ手に縛られ、連行された2人は、死刑判決からわずか5分後の2時50分、銃殺刑に処せられた。夫婦が銃殺される前後の映像は、テレビで世界中に放映されたが、その後の調査により、夫妻の遺体からは計120発の銃弾が検出されたことが明らかになっている。
その銃弾の数こそが、夫妻に対する国民の怒りを物語っているようだった。
(山川敦司)
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