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「中谷潤人 VS 西田凌佑」WBC・IBFバンタム級王座統一戦/2025年6月8日
日本ボクシングコミッション(JBC)がWBA、WBCに続き、これまで未公認だったWBO、IBFにも加盟したのは、2013年4月である。
JBCが長きにわたってWBOとIBFに未加盟だったのには理由がある。王座が乱立することでベルトの価値が落ち、ひいてはボクシング人気の低下を招くことを危惧したためだ。
ところが、である。老舗のWBAやWBCも暫定王座やスーパー王座、シルバー王座を設けるなどしたため、従前の建前が崩れてしまった。
ならば門戸を広げ、日本人ボクサーに、より多くのチャンスを与えた方が利益になる、とJBCは考えを改めたのだろう。
こうした王座緩和政策の恩恵を、最も享受したのがバンタム級だった。
24年5月6日、K-1出身の武居由樹がWBO王者のジェイソン・モロニ—(オーストラリア)を判定で下し、戴冠を果たした。
次の試合で石田匠の挑戦を退けた井上尚弥の弟・拓真(WBA王者)、既に3階級を制覇していたWBC王者の中谷潤人、2日前にエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)からIBF王座を奪った西田凌佑を含めると、バンタム級は4団体全てが日本人王者となってしまったのだ。
しかし、ファンからすれば、同じクラスに4人もの世界王者は必要ない。誰が一番強いか決めてくれ─。それが本音だろう。
ボクサーにも同じ思いがあった。「この階級で頭ひとつ、いやふたつ抜けているのが中谷選手。自分の持っているタイトルを返上してでも挑戦してみたい」。そう言い放ったのがIBF王者の西田である。
かくして、日本ボクシング界では初となる無敗王者同士の世界王座統一戦が実現したのだ。
25年6月8日、東京・有明コロシアム。中谷と西田のWBC・IBFバンタム級王座統一戦は、1万2000人の観衆を集めて行なわれた。
対戦前の両者の戦績は次の通り。中谷30勝(23KO)、西田10勝(2KO)。ともに負け知らずながら、世界戦に限れば、西田が2戦2勝(1KO)、中谷が9戦9勝(8KO)。戦績、内容ともに中谷が西田を圧倒していた。
王座統一戦とはいえ、実質的には、西田が中谷に挑戦するという構図だった。
開始早々、前に出たのは中谷。鋭い踏み込みで距離を詰め右ジャブから左フック、左ストレートにつなげた。接近戦ではジャックナイフのようなアッパーを下から突き上げた。
早々と主導権を奪われた西田だが、やられっぱなしではなかった。堅いディフェンスで決定打を許さず、カサにかかって攻める中谷に、基本に忠実なワンツーで対抗した。
それでも中谷のラッシュは止まらない。3回にはガードを下げさせるために左フックを右上腕に集中し、右肩の脱臼を誘った。
そして迎えた6回、塞がりかけた右目に右ジャブ、左ストレートをヒットさせ、西田を防戦一方に追い込む。右目の視界を塞がれた西田は滅多打ちにあい、もう立っているのがやっとだった。
試合はラウンド終了後に西田陣営が棄権を申し出て、中谷の6回終了TKO勝ちとなった。「西田選手は僕をより強くしてくれた。感謝の気持ちでいっぱいです」。そう言って中谷はグッドルーザーを称えた。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森喜朗 スポーツ独白録」。
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