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Posted on 2025年09月08日 10:00

〈ダシの利いた“裏麺史”〉各社の店舗は「駅前」「郊外」「エリア限定」で棲み分け/「立ち食いそばチェーン店」三国志

2025年09月08日 10:00

 三大立ち食いそばチェーン店の隆盛は一日にして成らず。まずは、熾烈なライバル関係を築き上げてきた、その歴史をひもとくことから─。

 先陣を切った「名代富士そば」は、前身の「そば清」が1966年から展開、72年に立ち食いそば業に専念する形で「ダイタンフード株式会社」が設立されて創業に至った。1号店は渋谷で、現国内店舗数は105(25年8月27日時点)。

 後を追った「小諸そば」は2年後の74年に開業。1号店は京橋で、7年後に本店を日本橋交差点にオープンした。店舗数は83(20年7月時点)。ちなみに小諸そばを運営している「三ッ和」の創業は53年と、3社の中では一番の古株である。

 そして「ゆで太郎」は94年の創業で、1号店は中央区湊(現在は閉店)。最後発でありながら、店舗数はいちばん多い198(24年時点)にまで拡大中だ。

 この3社には意外な共通点がある。

 大衆そば・立ち食いそば研究家の坂崎仁紀氏が解説する。

「富士そばは、そば屋の前に弁当屋をやっていた。小諸そばは、食品小売店を皮切りに製麺、製粉なども手がけ、オフィス街を対象にした弁当事業を行っている。ゆで太郎は、運営会社が2つあって、その1つの『ゆで太郎システム』の池田智昭社長はもともと持ち帰り弁当チェーン『ほっかほっか亭』の幹部で、そのノウハウをゆで太郎に持ち込み、店舗数を広げていきました」

 ちなみに、ゆで太郎のもう1つの運営会社「信越食品株式会社」の水信春夫社長もほっかほっか亭の出身で、独立後にゆで太郎を創業している。つまり3大そばチェーンの原点は「弁当」であり、サイドメニューにある丼もの、揚げ物などは、以前から守備範囲だったと言えるのだ。

 店の売り上げは言わずもがな、立地に左右されるが、3社はそれぞれ方針がはっきりしている。

「富士そばは東京を中心に、神奈川、千葉、埼玉で、人がたくさん訪れる駅前に出店している。小諸そばはエリアを限定するように、東京でも千代田区、港区、中央区に集中しています。一方でゆで太郎は、駅から少し離れた場所や車で行くような郊外が多いのです」(前出・坂崎氏)

 渋谷や五反田などライバル3社が比較的近くにある激戦区も稀にあるが、基本的には他社と被らないように出店している意図が見える。そうした立地の棲み分けから関係性を分析するのは、全店舗制覇を3回達成している富士そばライター・名嘉山直哉氏である。

「富士そばは駅前、ゆで太郎は郊外にあり、競合しないために仲はいいと思います。社長同士が雑誌で対談もしていますし、『同業者ほめ愛カンパニー』(2023年12月29日にテレビ東京系で放送)という番組では、お互いにメニューを考案し合い、プレゼンするという企画もあった。富士そばのスタッフが、ゆで太郎の社長にプレゼンして、ゆで太郎のスタッフが富士そばの社長にプレゼンしたのですが、富士そばスタッフが提案したメニューは通らず、ゆで太郎スタッフのメニューは採用されました(笑)」

 3年間毎日、店舗に通い詰めたことがある、ゆで太郎マニアの馬込坂多氏も2社の仲のよさを語る。

「ゆで太郎には『カレーかつ丼』という、カレーライスの上にかつ煮が乗った富士そばとのコラボメニューがありました。もともと富士そばが提供していたメニューでしたが、ゆで太郎の『かつ祭』の時に登場したのです。出汁、醬油などは違い、味は富士そばが甘めで、ゆで太郎版はしょっぱめとなります」

 くしくも仲よしタッグを組まれて蚊帳の外に置かれた形の小諸そばだが、実は業界に風穴をあけて活性化させ、ライバル2社にも多大な影響を与えた立役者なのである。

「小諸そばが誕生した時、富士そばは茹で麺を使っていました。『後楽そば』『信濃路』『梅本』などもそうだった。そんな中、生麺で勝負に出たのが小諸そばです。しかも、そば粉は高級店で使われるようなそばの実の中心部のみを挽いた『更科粉』を使用した。立ち食いでそのクオリティを出そうというこだわりがすごい。当時はすごく衝撃的で、コシがある麺がおいしいと評判になって、サラリーマンが殺到しました。行列ができるので、『見込み茹で』といって注文が入っていなくても、どんどん麺を茹でて、次から次へと来るお客さんに提供した。お客さんが来ないと麺が伸びるというリスクがあるのですが、それだけ繁盛していたということですね。その上で、サラリーマンなど働く人が多い地域に出店する戦略を取った。結局、富士そばも生麺に変えましたし、新規のチェーン店はほぼ生麺を使っています」(前出・坂崎氏)

 立ち食いそばの常識を変えた小諸そばに対して、他店も独自の道を歩んできた。後発のゆで太郎も、立ち食いの枠を超えたようなこだわりを見せる。

「24時間以内に工場で挽いた粉を配送し、各店舗で製麺機を使ってそばを打っています。そば粉の割合は55%で、チェーン店ではトップクラスと言ってもいいでしょう」(前出・馬込氏)

 挽きたて、打ちたて、茹でたての麺を際立たせるつゆにも独自のこだわりがあるという。

「90分に1回取り替えています。煮詰めないので、朝と夜の味が違うということがありません。いつでも作りたてのフレッシュなつゆが提供されているのです」(前出・馬込氏)

 ところで、富士そばは全店直営というのをご存じだろうか。

「それでも店長の裁量が大きく、店舗ごとに個性があります。例えば新宿の三光町店は、店長が犬好きで、愛犬の写真を店内に貼っています。今はなくなってしまいましたが、飯田橋店ではショーケースにフィギュアが飾ってあった(笑)」(前出・名嘉山氏)

 各店舗ごとの自由度を味わってもらうべく、富士そばにはこんな楽しみ方があるという。

「店舗限定メニューを探すのが、宝探しのようなんです。本部の許可を得て各店舗は新メニューを出すのですが、公式サイトでわざわざ『○○店でこういうメニューが出ました』と謳うことはありません。だから店まで行かないと、どんなメニューが出たのかわからない。1週間で終わってしまうメニューもあり、誰よりも早く見つけるのが醍醐味なんです」(前出・名嘉山氏)

 普段、何気に食べている立ち食いそばにも知られざる歴史があり、また創意工夫によって、私たちの舌を飽きさせないのだ。

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