Amazonが日本国内の物流網を拡大し続けている。2025年には名古屋みなとフルフィルメントセンターを新設するなど、注文から配送までのスピードをさらに高めている。ところがその一方で、ネット通販ユーザーの間では「Amazonよりヨドバシ.co...
記事全文を読む→【発掘取材メモ】事務所に行くとインタビューを拒否され…夫婦デュオ「ヒデとロザンナ」にまつわる「ベンツ送迎とバッシング記事」
「ヒデとロザンナ」は1960年代末から80年代にかけ、一世を風靡した異色のデュオだった。出門ヒデとイタリア人女性のロザンナのコンビで、デビュー曲「愛の奇跡」や「愛は傷つきやすく」などが大ヒット。1972年に結婚し、夫婦デュオとなった。
筆者は1983年にヒデの取材をしたことがある。テレビ番組出演に関連したもので、ヒデひとりだけの取材となった。場所はテレビ番組収録があった、東京都内のスタジオ。
取材を終えて筆者がスタジオを出ると、車に乗ったヒデと出くわした。ヒデは車の窓を開けて「乗っていきなよ。駅まで送るよ」と声をかけてきた。人生で初めてベンツに乗った。革張りのシートには感動したものだ。
その後、会う機会はなかったがガンのため、1990年に47歳の若さで死去したことにはショックを受けたものだ。
ヒデの死去から13年、ロザンナを取材する機会があった。彼女が料理の本を出したということで、イタリア料理について話を聞くことになっていた。ところが…。
筆者が事務所を訪れるとロザンナがいて、「話したくない」と言って顔を伏せた。理由を聞くと、筆者が所属する媒体が、ヒデとロザンナをバッシングする記事を書いたというのだ。直前まで筆者の媒体名が伝わっていなかったようで、事務所スタッフが「今回は料理の話を聞くだけだから」となだめてもダメだった。
バッシング記事の件は知らなかったものの、困った筆者はロザンナに謝罪した上で、20年前の話をした。ヒデの愛車ベンツで送ってもらった時のことだ。時間にして十数分だったが、この時の車内のやり取りは思い出深い。
ヒデは「君は新人さん?」と聞いてきた。筆者が「ハイ」と答えると「まあ、新人の時はいろいろ大変だよな。でも慣れれば大丈夫。頑張れっていい記者さんになってよ」と励ましてくれたのだ。芸能人に怒られたことは何度もあるが、励まされたのは後にも先にもこの時だけだった。
「ヒデさんの言葉はとても励みになりました」と言うと、ロザンナはちょっと笑顔を見せ、取材に応じてくれた。最終的には上機嫌になっていた。
あやうくキャセルになりそうだったが、20年前のヒデが助けてくれたような気がしたのである。
(升田幸一)
アサ芸チョイス
アメリカ・トランプ大統領との首脳会談の場を利用し、高市早苗首相への的外れな口撃に終始したのは、中国の習近平国家主席だ。日本のメディアは米中双方が「同盟」という言葉をどう使ったかなどと、表層の言葉尻を捉えて大騒ぎしているが、完全に本質を見誤っ...
記事全文を読む→夏の猛暑期に冷房を限界までフル稼働させていた愛車。カレンダーが10月になり、エアコンの設定を除湿冷房から暖房や送風へと切り替えた瞬間、送風口からモワッと漂う「酸っぱい嫌な臭い」に思わず顔をしかめた経験はないだろうか。その異臭の主因は、夏場に...
記事全文を読む→昨年、アサヒグループホールディングスに不正アクセスを仕掛けた海外ハッカー集団の中枢メンバーが、なんと大阪で捕まっていた。10月6日の各国における報道によれば、日本の捜査当局が拘束したのは「Qilin(キリン)」の中心人物とされる28歳で、ロ...
記事全文を読む→
