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記事全文を読む→原田龍二「誰がなんと言おうと霊はいる!」〈今週の龍言〉進学塾よりも、合唱のクラス練習が大事
先週に続いて、今週も「ヤング龍二」の続きを。小学6年生の時、学校の行事で合唱コンクールが開催されることになったんです。合唱コンクールは授業ではありませんので、放課後にみんなで練習しなきゃいけません。
当時、僕は落合学院という進学塾に通っていましたから、「先生、塾があるので帰ります」と、断りました。その時、担任の女性教師は、
「クラスのみんなが卒業を記念して合唱に取り組んでるのに、自分だけ塾があるから帰りますって、あなたはそれでいいの?」
この問いかけが胸にドーンと突き刺さったんです。僕の小学校で有名私立中学校を目指す進学塾に通っていたのは3人ぐらい、数えるほどだったと記憶しています。ほとんどの生徒は学区内の公立中学に進学します。なので、少なからずどこかに「進学塾に通ってるんだ」という奢りみたいなものがあったんでしょうね。
先生にズバリと言われたことで、友達からの疎外感、そして協調性がないことの劣等感を憶えたのです。
「僕が塾に通っていた時間は何だったんだ‥‥」
自分が優先するものとの葛藤から塾をサボり、その時間はゲームセンターに通うようになりました。
落合学院に行く途中にあるキャバレーの裏がゲームセンターだったんですよね。言い訳にもなりませんが、ゲームセンターの楽しさを知ってしまったら、もう塾へは行ったフリです。
ちなみにあの頃、「ギャラガ」「ドンキーコング」などのゲームが流行っていましたね。噓をつく快感も覚えてしまい、中学受験は断念しました。
先生のたった一言で有名校への進学はあきらめましたが、両親は僕を台東区の公立中学校に越境入学させました。
竹ノ塚周辺の中高生の半分はパンチパーマかリーゼントで、そういった不良たちの大半は暴走族に入っているようなハードコアな地域でしたから心配だったのでしょう。
公立中学は住んでる地域の学校に行くのが基本だと思うのですが、足立区だけのローカルなルールなのか、当時、越境入学していた生徒は相当数いました。
しかも越境してる生徒はみんな不良っぽいんですよね。僕が入学した御徒町中学はちょっとソフトな感じがしました。
学校から蔵前国技館が近かったので、プロレス好きの友達と学校終わりに蔵前にはよく行きましたね。
今でも覚えてるのが、83年11月3日、蔵前国技館で行われた新日本プロレスの闘魂シリーズ最終戦です。メインイベントは長州力率いる維新軍と猪木を大将とする新日本の正規軍の4対4の対抗戦でした。
ですが、僕が注目していたのは同年8月に引退した初代タイガーマスクの後継者としてこの日デビューのマスクマン、ザ・コブラ(ジョージ高野)と、ザ・バンピートのNWA世界ジュニアヘビー級王座決定戦です。
ザ・バンピートは試合直前にマスクを脱ぎ、正体は常連外国人レスラー、デイビーボーイ・スミスでした。
場外のスミスにノータッチ・トペ・スイシーダをかわされて膝の半月板を割ってしまったザ・コブラ。伝説の試合に立ち会えたことはプロレスファンとして誇れることだと思っています。
80年代の中学や高校は、校内暴力で荒れていたと報道されていました。ドラマの「3年B組金八先生」や「スクール☆ウォーズ」などの印象も強かったんじゃないでしょうか。
でも、荒れていた学校ってほんの一部だと思うんですよ。マスコミに荒れてるようなイメージを植え付けられているだけで、むしろデンジャラスだったのは校内より校外でした。
僕は竹ノ塚から北区駒込にある聖学院高校に通っていました。同区にある某高校に通う生徒たちの通学エリア内を通過しないと学校には通えません。
毎朝、「今日はどうしようか?」という感じでビクビク緊張しながらの通学です。ガンをつけるとか、つけないとか、そういうレベルじゃなくて、目と目が合ったら喧嘩が始まるという世界でした。聖学院高校の生徒にとって、それは高い大きな壁でしたね。
朝からその高校の生徒とトラぶって、誰かしらが遅刻してくる。袋叩きにされて血だらけになっていたこともありました。
40年近く経った現在ではさすがにそんなことはないでしょうが、当時はごく普通にあったんですよね。
初めて会ったレスラーが猪木さんだったからというわけではないんですが、今でも猪木さんを追いかけています。好きというよりも猪木さんに自分の人生を照らし合わせるんですね。
ブラジルに移民し、当地で力道山にスカウトされてプロレスラーの道を歩んだ。
僕もブラジルは行きましたし、「世界ウルルン滞在記」では世界各国に行きました。言葉が通じない外国では人間力が試されます。
モハメド・アリとの格闘技世界一決定戦やタイガー・ジェット・シンに新宿伊勢丹の前で襲われるというアングル、乱立するベルトの統一を掲げたIWGP構想があったり。あっと言わせるアイデアだらけです。
そしてアントンハイセルや永久機関などで夢を追いかけるベンチャー精神。これは心霊の決定的証拠を撮るためという夢から始めた「ニンゲンTV」と重なります。
さらに、その事業の失敗と浮気が発覚して離婚。それがあのノーピープルで行われたマサ斎藤さんと巌流島決戦に繫がります。
猪木さんの名言は「出る前に負けること考えるバカいるかよ」「スキャンダルを興行に結びつけない奴は二流」など数々あるんですが、スキャンダルに関しては‥‥、身に沁みてきますね。
自分の今の年齢とその時に猪木さんは何をやっていたかを重ねると味わい深いんですよ。
原田龍二(はらだ・りゅうじ)1970年生まれ。東京都出身。92年ドラマ「キライじゃないぜ」で俳優デビュー。「水戸黄門」「相棒」シリーズなど出演多数。温泉バラエティ「湯一無二」(MX)のほかユーチューブ「ニンゲンTV」ではゴーストハンターとしても活躍中
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