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記事全文を読む→“六代目山口組・中核組織の今をクローズアップ”四代目弘道会「力の源泉」大研究(2)若手とベテランが融合した執行部
野内会長を支える弘道会最高幹部の陣容についても触れておこう。要役の若頭には、三代目髙山組・南正毅組長が就いた。竹内総裁が三代目弘道会会長に就任した際、髙山組の跡目を継承しており、いわば弘道会での“本流”を歩んできたことになる。
分裂直後の15年10月に、名古屋市内に拠点を構えた神戸山口組( 井上邦雄組長)系組織の事務所に殴り込む事件を起こしたことでも知られる。17年に若頭補佐に就任した後は、幾度となく当局の厳しいマークを受けていた。当局がどうしても社会不在に追い込んでおきたい、重要人物と見ていたということだろう。
松山猛舎弟頭(十代目稲葉地一家総長)と間宮誠治本部長(五代目河村一家総長)、中野寿城舎弟頭補佐(四代目山本組組長)は、それぞれ留任となった。代替わり後も経験豊富なベテランとして野内会長を支えることになった。
特に松山舎弟頭が率いる稲葉地一家の存在感は分裂抗争で際立っていた。19年に神戸市内の五代目山健組本部前でカメラマンに扮したヒットマンが山健組系組員2人を射殺した事件の実行犯を出し、24年9月にも宮崎市内の池田組(池田孝志組長)系幹部を傘下組員が射殺している。抗争の局面を変える実働部隊を出してきた組織力は、弘道会においても随一とも言われる。
近年、若い実力者が次々に登用されてきたのが、執行部の一角を占める若頭補佐たちだ。その筆頭を務めるのが、幹部時代から事務局長を務めてきた室橋宏司若頭補佐(室橋興業組長)である。
「室橋興業は山一抗争などで多大な戦功を挙げた薗田組をルーツとする組織で、室橋若頭補佐もその武闘派のDNAを受け継いでいます」(地元関係者)
また若頭補佐陣では、佐藤正和若頭補佐も生え抜きの1人。山口組事情に詳しいジャーナリストによれば、
「佐藤若頭補佐は、全国各地に組織を構える弘道会の北の要衝である、福島康正顧問が興した組織、福島連合の二代目会長です。23年末に福島連合が代替わりし、弘道会直参になってから、わずか1年で若頭補佐にまで昇格した実力者です」
残る若頭補佐4名は、いずれも抗争中に敵陣から移籍してきた経歴を持つ。中居栄明若頭補佐(八代目松野会会長)と森嶋弘道若頭補佐(森嶋興業組長)は二代目宅見組(入江禎組長)から移籍。島田潔希若頭補佐(兼勝会会長)は神戸山口組に残った旧山健組勢力の1人で、弘道会に加わった。宮下聡若頭補佐(三代目竹内組組長)は絆會から弘道会に加入している。
「業界でも広く知られているのが、宮下若頭補佐です。20年9月に絆會を脱退する際、竹内組の先代だった絆會・金澤成樹若頭に話し合いの末に発砲され、重傷を負いました。金澤若頭はそのまま逃亡し、24年2月に逮捕されるまで、ヒットマンとして暗躍します。宮下若頭補佐は弘道会への加入とともに、金澤若頭の『三代目竹内組組長』を抹消し、自身が三代目組長を名乗っています」(ジャーナリスト)
組織を率いて帰順した組長にも、その器量に見合ったポストを与え、分け隔てなく処遇する。その実力重視の姿勢が、弘道会の強さと団結力に寄与していると言えるのだ。
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