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Posted on 2025年11月19日 19:00

仲代達矢の訃報・追悼で全く触れられなかった「運命的な重大作品」/大高宏雄の「映画一直線」

2025年11月19日 19:00

 偉大な俳優を失った。仲代達矢さんをめぐる訃報、追悼の記事を見ると、映画、演劇の様々な足跡とともに、俳優の育成に努めた「無名塾」、石川県での演劇活動などが中心であった。映画一筋に見てきた者からとすると、その俳優活動は巨大な山脈のごときである。

 といって、映画の経歴だけをとっても、活動の範囲は計り知れない。日本映画の歴史を語る上で欠かせない作品に数多く出演している。その作品歴は「桁違い」と言っていい。
 なぜ、多くの歴史上の名作に出演することができたのか。当然ながら、彼固有の卓抜な演技力が一番の理由になるだろうが、ここではひとつの仮説から迫ってみたい。

 それは映画会社の専属にならなかったことだ。これに関連して、俳優の独立プロダクション、いわゆる「スター・プロ」を作らなかった点も挙げたい。同時代に日本映画を引っ張った三船敏郎、勝新太郎、石原裕次郎、萬屋錦之介らがたどった道とは別の方向性である。 
 三船らは会社の専属的な活動を主体にしたことで(後年になるほど変わっていくとはいえ)、娯楽映画、いわゆるプログラムピクチャーの担い手の中心人物であった。
 映画界が娯楽作品で動いている以上、会社のカラー及び興行面における「大衆性」が、非常に重要になる。彼らはそこを起点に演技を見定め、構築し、活動を続けた。
 会社の屋台骨を支える必要がある専属であれば当然、そうなる。しだいに作品選択の融通性は微妙となり、意に反した出演もあれば、いたずらに作品の数は増えていったことだろう。

 資金面含めて製作を進めるスター・プロ設立では経営面などで多難な道を歩んだが、映画育ちであった彼らの映画へのこだわりが、抜きん出て強かったことは間違いない。
 スター・プロが自身の映画の「拠点」だとの認識があったことだろう。映画界が斜陽化への道をまっしぐらに突き進んでいった時代だ。その危機感の大きさは想像に難くない。

 仲代さんの立ち位置は違っていた。映画へのこだわり方の中身が違っていたのだろう。映画界というひとつの枠組みではなく、そこに規制されない自身の演技の多様性、多種性をより突き詰めていったのだと思う。これは周知のように、演劇に俳優活動の軸足を置いていたことと無関係ではない。
 フリーランス的な立ち位置と会社の色に染まっていかない彼の際立った個性と独自性、映画に対する柔軟なスタンスこそ、何人もの巨匠、名匠監督が起用を望んだ、大きな理由のひとつではなかったか。

 仲代さん自身が作品を自由に選べたのかどうかはわからない。それでも役を引き受けるにあたってはとことん考え抜き、比較的柔軟な対応をしていた気がする。
 その柔軟さが、重厚さと軽みを様々なバリエーションの中で膨らませていく「仲代節」として、幅広い役柄で花開いたのだと思う。この得難い魅力のゆえに、歴史的な数々の名作と巡り会えたのではないか。

 ここで、彼にとって非常に重要な作品を1本だけ挙げる。定番的に語られる黒澤明、小林正樹監督作品ではない。本格的な映画デビュー作となった「火の鳥」(監督:井上梅次、1956年)だ。
 今回の訃報や追悼文で全く触れられなかった「火の鳥」は、仲代さんにとって運命的な出会いとなる作品であったと思われる。

 舞台女優(月丘夢路)が映画女優に転身する内容だが、仲代さんは月丘の相手役のひとり(ニューフェイス役である)を演じた。
 この作品には北原三枝が実名で登場するほか、芦川いづみ、フランキー堺、長門裕之ら何人ものスターが、北原の誕生パーティーシーンで日活「俳優」として出演している。
 そこで仲代さんは、日活スター陣と同格的な存在感を見せ、かつ輝いていた。柔らかな仕草、言葉遣いが絶品で、この時点ですでにスター的な趣があった。若くして風格があり、別格的な「厚み」「華やかさ」を兼ね備えていた。

 仲代さんは映画のような専属スターの道を歩むこともできただろう。ところが現実には、その道を駆け上がろうとしなかったのである。映画にその理由がある。
「火の鳥」の仲代さんの演技には、どこか醒めた雰囲気があった。これが魅力の源泉でもあるのだが、それは先のパーティーシーンにおける、華やかさを内包する「映画」との距離を、少し測りかねていることにも通じていた気がしてならないのだ。

 本格的な映画デビュー作で、映画との微妙な距離を感じさせる。その微妙な距離感こそが後年、日本映画史上の傑作、名作の数々につながっていくとなれば、映画の想像を超える底知れなさに思いが至ることになるだろう。仲代さんはそこに、真正面から斬り込んでいった。
 仲代達矢さん、多くの映画で心底楽しませていただきました。本当にありがとうございました。
(大高宏雄)

映画ジャーナリスト。毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)、「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2025年に34回目を迎えた。

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