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記事全文を読む→〈豊臣兄弟出自の真実〉異父兄弟説もある秀長の前半生は謎だらけ…/豊臣兄弟もびっくり!歴史を動かした「日本の兄弟」
身分の低い家に生まれた秀吉、秀長の出自はわからないことが多く、秀吉とは父親が違う異父兄弟という説もある。が、「母親は間違いなく同じなので、血を分けた兄弟には変わりない」と河合氏は言う。
「秀長が歴史に登場してくるのが、秀吉が長浜城主になったくらいからで、それまでの前半生は史料もなくわかっていない。秀吉が偉くなってから後も秀長自身の日記とか自分の気持ちをしたためた記録がほとんどないのです」
大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、仲野太賀演じる秀長の視点で描かれている。不明な点が多いというのは、ドラマの作り手にとっては、自由に想像の翼を広げて物語を作ることができ、好都合と言えるだろう。ミスター武士道氏は、
「秀長が記録に出てくるのは、『信長公記』の中で、伊勢長島攻めの時に出陣しているというのが最初ですが、今後、不明な秀長の研究も進むだろうと期待しています。僕自身は4人きょうだい(妹1人、弟2人)の長男ですが、子供の頃には弟を子分のように使っていた兄貴の立場から見ると、秀長は兄貴の言うことに従順というか、たぶん無茶なことをたくさん命令されていたけど、それを全てやり切ったいい弟だったと思いますね。晩年に揉めて微妙に関係が変化して疎遠になったこともありましたが、最期まで仲は良かったと思います」
その晩年のエピソードを河合氏が詳細に説明する。
「最晩年、秀長の家臣が、京都での東山大仏造立に使う予定の熊野の材木を大坂で売り払い不正に利益を得たとして秀吉に処刑される事件が発生しました。それが秀長の命令だったかどうかは不明ですが、秀吉の怒りを買い、次の年の正月には秀吉との面会ができなかった。その後、秀吉と側室の茶々(淀殿)との間に待望の男子・鶴松が生まれたことで、秀吉は、諸大名たちの妻を人質として3年間の京都滞在を命じますが、秀長の妻もその例外ではありませんでした。この頃に秀吉と秀長の関係は微妙に変化していったことは事実です。しかしまだ天下統一前で、小田原平定の時には、もう秀長は病気が悪化して小田原遠征には行けなかった。戦での最後の活躍が九州征討だったんです。秀吉から秀長に宛てて、『ちゃんと養生しろよ』と体調を気遣う手紙や母親の大政所への『秀長は元気だというので、安心しました』というような手紙が残っています」
秀長の葬儀で、導師が「秀長は、温厚で威張らなく思いやりのある人物だった」と語ったエピソードがある。
一方で、財を蓄えて「ケチ・吝嗇」だったという一面もあったとも言われる。
「秀長が亡くなった時、貯め込んだ金銀をはじめ様々な財宝が記録されています。『奈良貸し』といって、当時人口の多かった奈良の町衆に貸し付けて、高利のお金を取っていたということですが、派手好みで浪費家の秀吉とは正反対の節約家だった。私腹を肥やすわけでなく、あくまで豊臣家、豊臣政権のためだったと思います。母の『なか』(大政所)は、秀吉より秀長のほうが好きだったようで、秀長の城のあった奈良に観光に行って長い間、逗留しています」(河合氏)
秀吉は、鶴松が幼くして死んだ後、甥の秀次に家督を継がせ関白の座も譲るが、側室の茶々が再び懐妊して秀頼が生まれると、切腹に追い込んでいる。
「秀長が死んだあとの秀吉は、側近だった千利休を殺し、後継者に指名した甥の秀次を切腹させるような容赦ない処分をしています」(河合氏)
秀次は秀吉の実姉の息子であるにもかかわらず、嫡男・秀頼かわいさとはいえ、身内に対する残酷非道な対応が、尾を引いて、やがて家臣団は分裂。ついには豊臣家が滅びる道に繋がっていく。
河合敦=歴史作家。多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。1965年、東京都生まれ。「歴史探偵」(NHK)をはじめ多くのメディアに出演。『大久保利通 西郷どんを屠った男』『戦国武将臨終図巻』(小社)、最新刊『豊臣一族秀吉・秀長の天下統一を支えた人々』(朝日新書)など著書多数。
ミスター武士道=1990年、三重県生まれ。歴史系YouTuber。2019年に歴史解説チャンネル『戦国BANASHI』を開設。戦国時代を中心に、日本史や大河ドラマ解説が話題となり、登録者20万人を超える人気チャンネルに。https://www.youtube.com/sengokubanashi
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