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記事全文を読む→「ラスト新選組」池田七三郎が「近藤勇の秘書兼雑用係」から「商人」として人生を終えるまでの「生々しいエピソード」
ラスト・サムライならぬ「ラスト新選組」。これがいったい誰なのか、知っているだろうか。今も新選組の人気は高いが、無事に明治維新を迎えたのはわずか8人しかいない。
その中で二番組隊長・永倉新八、三番組隊長・斎藤一は有名だが、昭和13年(1938年)まで長生きした新選組がいる。名前を池田七三郎という。
嘉永2年(1849年)、現在の千葉県東金市に生まれた七三郎は商人である佐五七の三男だったが、一刀流の天野静一郎に剣を学んでいたこともあり、旗本・永見貞之丞の家来になった。新選組に入隊したのは慶応3年(1867年)11月で、わりと新しい。
その慶応3年、京都にいた新選組副長・土方歳三が新たな隊士を募集するため江戸に戻った際に師からこの話を聞き、17歳で新選組に加わったという。どうも商家の息子で計算が働き、旗本の家来ではうだつが上がらないと判断。京都に出て、ひと山あてようという魂胆だったらしい。
捕縛後に機転を利かせて「経歴」をひた隠し
京都に着いた池田は新人の教育係・大石鍬次郎から局長・近藤勇付きの小姓を命じられている。今でいうところの社長秘書兼雑用係だろうが、当時は20人もの同僚がいた。沖田総司や永倉新八らに徹底的にしごかれたことで体力、精神力が養われたのかもしれない。
池田は鳥羽・伏見の戦い、その後に加わった甲府鎮撫隊時代と二度にわたり
銃弾を食らったが一命をとりとめ、回復している。傷が癒えた後は近藤勇の降
伏、斬首を知らないまま会津に転戦したが敗走し、捕縛された。
ここでも機転を利かせ、厳罰必至の新選組隊士だった経歴はひた隠しに。そのため、わずか1年の謹慎で許されている。
謹慎解除後は大小を捨て、日本橋材木町にいた父のもとで稗田利八と名を変えて商人となり、満88歳(享年90)で天寿を全うしている。彼が残した新選組隊士の生々しいエピソードは、歴史家・下母澤寛の著書「新選組物語」内の「新選組聞書」に残されている。
(道嶋慶)
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