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Posted on 2026年06月28日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈記録よりも記憶に刻まれた昭和の剛球派と技巧派〉

2026年06月28日 06:00

 17歳の新人投手が初々しい笑顔を浮かべた。「いま、ボク絶好調ですからね」

 浪商高校(現大阪体育大学浪商高校)出身、「怪童」と呼ばれた東映(現日本ハム)の尾崎行雄である。

 1962年4月29日、福岡・平和台球場での西鉄(現西武)対東映のダブルヘッダー第2試合で7回からマウンドに上がった。第1試合のリリーフ登板に続く連投だった。先頭の和田博実に安打を許したが、その後の9人を5奪三振含む凡退に片付けて、5勝目を挙げた。スコアは3対1だった。

 尾崎は第1試合の6回裏無死二、三塁で登板するとこのピンチを1失点に抑えた。

 そのまま7回にもマウンドに送られると、9回2死まで8人の打者から連続三振を奪っていた。

 当時の連続奪三振記録は梶本隆夫と土橋正幸の「9」。恐るべし17歳、あと「1」でタイ記録だったのだ。

「最後の打者も三振に取りたかったですね」

 有終の美を飾りたかった思いがにじんでいた。

東 3 0 1 0 0 0 0 0 0=4
西 0 0 0 1 0 2 0 0 0=3

 この日2試合で打者22人に対して15奪三振、被安打はわずか2本だった。

 尾崎は60年に浪商に入学するとたちまち1年生エースとして脚光を浴びた。

 武器は剛速球だ。スピードガンがなかった時代だが、現在の科学技術で検証すると最速で160キロ近かったという。

 1学年上には法政二高のエースである柴田勲がいた。2人は甲子園を沸かせたライバルとして名勝負を繰り広げた。

 60年夏の甲子園、当時1年生だった尾崎は2回戦で柴田と初めて対決した。両者譲らぬ投げ合いとなったが8回に4点を奪われて涙をのんだ。

 61年春の選抜準々決勝で再戦するも敗戦。しかし、3度目の対決となった同年夏の甲子園準々決勝で勝利の女神が微笑んだ。延長11回の熱戦の末、4対2で柴田擁する法政二高を破ったのだ。

 そのまま準決勝、決勝を勝ち抜き、16歳にして甲子園優勝投手となった。

 マスコミは尾崎をかつての中西太、金田正一に次ぐ「怪童」と呼んだ。当時、高校2年生ながらも在阪球団を中心に激しい獲得競争が展開された。

 この争奪戦を制したのが東映の監督就任2年目を迎える水原茂。2年生エースは浪商を退学してプロの道に進んだのだった。

 開幕2戦目の大毎オリオンズ戦(現ロッテ)で、延長10回にリリーフとして公式戦初登板するや剛速球だけで相手打者を三者凡退。その裏のサヨナラで初勝利をマークすると、たちまち4連勝を飾った。

 尾崎は前半戦だけで18勝し、最終的に20勝9敗で新人王を獲得。東映初優勝への流れを作った。

 5年間で20勝以上を4度記録したが、肩を壊して29歳の若さで引退した。

 それでも、尾崎の剛速球はいまだに語り継がれている。

 1983年5月25日、甲子園球場での阪神対中日7回戦だった。

 最後の打者・岡田彰布の打球が右翼に上がり、田尾安志のグラブに収まった。

 この時、1934年のプロ野球誕生以来、49年目にして初めての「珍記録」が生まれた。

中 1 0 1 0 0 0 4 0 0=6
阪 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0

 中日の先発投手・高橋三千丈がやってのけた。27個のアウトを全てフライか三振で“無補殺完封”を達成したのだ。これは92周年を迎えた現在でも唯一無二の公式記録となっている。

 要するにゴロのアウトは1個もない。野球用語でいうと「刺殺27、補殺0」となる。

 いずれも試合中の守備記録で刺殺はフェア、またはファウルの飛球を直接捕った野手に記録される。逆に内野ゴロなどの場合、例えば三ゴロで一塁送球アウトなら三塁手に補殺、送球を受けた一塁手に刺殺が記録される。ちなみに、三振の場合は捕手に刺殺が与えられて、投手に補殺はつかない。この試合までは補殺1が最小記録だった。

 高橋は絶好調だった。直球が打者の手元で伸びた。さらにカーブ、スライダーも抜群に切れた。制球力も抜群だった。27アウトの内訳はこうだ。

「奪三振4、捕邪飛1、一邪飛1、二飛2、三邪飛2、遊飛5、左飛2、中飛7、右飛3」

 もちろん、阪神ナインは「ゴロアウト」がないことに気づいていた。ただし、意識すればするほどゴロを打てなくなっていた。

 甲子園が沸きに沸いたのは遊撃手・宇野勝への飛球だった。81年8月26日の巨人戦(後楽園)で代打・山本功児の飛球をヘディング。この珍プレーを誰もが覚えていた。

 この日は5回、宇野の頭上に飛球があった。阪神ファンは野次りに野次った。だが、宇野は笑って捕球した。

 ツキもあった。5回、笠間雄二の打球は三ゴロだったが、田野倉利行の前で大きくイレギュラーして左翼への安打となった。

 プロ4年目の右腕にとって79年の阪神戦以来、4年ぶりの1勝は初完封勝利だった。しかも史上初のオマケ付きだ。「完封とかよりも1つ勝ったことがうれしい。いろいろあったし、もう一度投げたかった」

 高橋は明治大学のエースから79年にドラフト1位で中日入りし、その年に5勝を挙げた。

 しかし翌年、血行障害の病魔に襲われ、81年には手術を受けた。辛いリハビリを乗り越えての復活勝利だったのだ。

 高橋はこの年1勝1敗を記録し、翌年現役引退している。振り返ればNPB史上にいつまでも残る1勝となった。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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