事件
Posted on 2026年06月27日 18:00

70歳法学者が溺れた国際ロマンス詐欺「6つの罠」

2026年06月27日 18:00

 国際ロマンス詐欺─。ニュースで耳にするたびに、「なんで騙されるの?」と疑問を抱く人がほとんどだろう。しかし、恋愛感情につけ込む「悪魔の手口」を見くびってはならない。まさに詐欺師が仕掛ける巧妙な罠は「蟻地獄」のごとし。一度ハマったら抜け出せないのだ。

「私は法教育の専門家です。警察官を装う詐欺の電話には引っかからないと自負していましたが、まさか古典的な手口に引っかかってしまうとは‥‥」

 こう声を落とすのは、6月3日に「70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか」(さくら舎)を上梓した香川大学名誉教授の髙倉良一氏である(以下「」はすべて髙倉氏)。著書のタイトル通り、70歳になる年に国際ロマンス詐欺で計925万円を騙し取られてしまったのだ。

 法学者としてのキャリアは約半世紀。国立大学の教壇で学生たちに法律を教えてきたプロフェッサーを毒牙にかけたのは、「愛子」と名乗る見知らぬ女性だった。

「当時、定年をきっかけに書斎の書棚に溜め込んだ本や資料の山を『断捨離』していました。その模様をフェイスブックに投稿したら、『断捨離』という言葉に興味を持った中国在住の女性からメッセージが届いたのです。『Aiko』という名前で、その語尾にハートや星の絵文字が飾られていたので、『うさんくさいな』と思ったのが第一印象。ただ、書斎の整理、退職後の生活、趣味など他愛のない話が思いのほか弾んだ。すぐにレスポンスが返ってくるから、妻と離婚して20年以上1人暮らしをしている“独居老人”には心躍る時間でした」

 2〜3日メッセージをやり取りするうちに、彼女に誘導されるままLINEに移行。気がつくと、お互いの身の上話をするまでの仲に発展していた。

①運命めいた言葉で心を揺さぶる

「名古屋出身で37歳の『山本愛子』、『中国の深圳でアパレル会社を経営』なるプロフィールを明かしてくれました。そんな中、私が心を奪われたのは、彼女が送ってきた『私は縁を大切にする人間です。髙倉さんは、縁を信じますか?』なる一文。この『縁』という語感が“独居老人”の心に沁みました。いつのまにか私は心の閂を開けてしまっていたのです」

 不意に転換期は訪れた。

②特別扱いと秘密の共有による「グルーミング」

「あるタイミングから私は『兄さん』と呼ばれるようになりました。それだけで、孤独な老人の自尊心は簡単にくすぐられてしまうもんです。さらに、彼女からの『告白』という名の三文芝居でダメ押し。彼女がかつて付き合っていた男性の浮気現場に立ち会ったというチープな内容ですが、当時は真剣に受け止めてしまいました。よくぞ、『私につらい過去を打ち明けてくれた』と、悲劇のヒロインを守らねばと使命感に燃えていたのを覚えています」

 この流れで「本題」を切り出されることになろうとは‥‥。

 魂の伴侶だと信じた女にこう告げられた。

「伯父から投資の指導を受けている」

 普通なら、ここで怪しいと思う。しかし、孤独感と下心に支配されていた髙倉氏はみずから地獄へと足を踏み入れた。

③権威に服従させる

「次第に、彼女から投資でいくら儲けたという類のメッセージが増えました。最初のうちは感心したフリして返信するのが精いっぱいでしたが、『経済学の専門家で他人が入手できない金融情報にアクセスできる』という評判の伯父の存在が私の知的虚栄心をくすぐった。みずから彼女に資産管理を依頼していました。今思えば、狂気の沙汰ですよ」

 ここから「愛子」に加えて「伯父」と連絡を取り合うようになった。「伯父」の指示によって最初に振り込んだ金額は5万円。これが翌日に188万円に増えたことを「愛子」のメッセージで知らされた。

「すぐさま投資資金を増やすよう指示されました。追加で100万円を振り込むと次は1000万円というようにどんどん要求金額が跳ね上がっていくのです。当然、年金暮らしの私が用意できるキャパシティーを超えています。無理だと伝えると、友人にお金を無心するよう促されました」

 口実として「家のリフォーム費用」や「書籍の出版費用」を持ち出すように指示されたが、そうは問屋が卸さない。

④囲って孤独に追い込む

「彼女はカネを貸してくれない家族や友人に対して『彼らはあなたを理解していない』『嫉妬しているだけ』と不信感を植えつけてきました。弟から警察に行くように忠告されましたが、当時の私は聞く耳を持ちませんでした。また、『これは私たちだけの秘密です』と繰り返し伝えることで、より私を周囲から切り離そうとしました」

 その間にも「愛子」と「伯父」によって飴と鞭で弄ばれた。

⑤希望と絶望を往復させて判断力を奪う

「投資用の口座の明細は1億1500万円にまで膨らみました。もちろん、実態のない見せかけの数字ですが、自分に投資の才能があると勘違いさせるには十分。ところが、ほどなくして不正資金洗浄の疑いで口座を『凍結』されたと伝えられます。それを解除するための検証金として500万円を請求されて‥‥。このような希望と絶望の繰り返しで脳のブレーキ機能が低下してしまいました」

 その後も55万円、190万円、350万円‥‥と振り込んだ。合計925万円を失ってしまった。

⑥サンクスコストを人質にとられる

「時間とお金をたくさん費やしただけに今さら引き返せません。“損切り”すなわちすべてが水の泡になってしまいますからね」

 すべてが虚構だと気づいたのは別の詐欺師に標的にされたことが発端だった。

「ある日、イエメンで医療に従事する日本人を自称するアカウントからメッセージが届きました。あまりにも稚拙な設定に我に立ち返ることができた。そこから『愛子』に騙されていたことを知るのに時間はかかりませんでした。警察に駆け込みましたが、騙し取られたお金は一銭も返ってきていません。それ以上に、愚かな私を救おうとしてくれた家族やお金を貸してくれた友人を裏切った代償こそが大きい。悔やんでも悔やみきれません」

 詐欺師は狡猾に仕事を遂行する。対岸の火事だと安心してはならない。

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