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Posted on 2026年09月10日 07:00

岩下志麻が明かした夫・篠田正浩監督との仕事現場と愛の日々「死にたくて死にたくて」/大高宏雄の「映画一直線」

2026年09月10日 07:00

 岩下志麻さんの本が出版されて少し経つ。タイトルは『同志として 妻として 「運命の人」篠田正浩と歩いた道』(講談社)。夫である篠田監督への愛情がほとばしる、生々しい「愛の本」である。
 ページをめくると「はじめに」の文章として、このような言葉がいきなり飛び込んでくる。
〈篠田が亡くなってから私は、後追い自殺することばかり考えていました。死にたくて死にたくて、本当につらかったですね〉
 それが〈(本の話を)悩んだ末お受けし〉〈一緒に創った二二本の映画を見たり篠田の書いた本を読んだりしていると、篠田が生きているような気持ちになってきたんです〉と続ける。
 凄い言葉がのっけから出てきた。

 本著の魅力の源泉がここにある。「同志」と「妻」は、2人の関係の中で一体化している。その中心点に映画がある。
〈最後まで、女優と映画監督という関係でいたような気がするんです〉
 そこを踏まえ、映画現場における篠田監督の撮影の様子、カメラマンなどスタッフたちの仕事ぶり、映画からは判別できない、その都度のロケーション場所など、製作現場にいなければわからない彼女自身の視点から、篠田作品をたっぷりと語っている。
 それら、引き出しが非常に多い本なのだが、ここは岩下さんが監督の作品で共演した俳優たちをどのように見ていたかに絞る。主に萩原健一、若山富三郎、伊丹十三の男優3人である。

 ショーケンとは「化石の森」(73年)で、彼の姉役で共演した。ショーケンが〈お姉さんと僕の近親相姦の話にすりゃよかったね〉と、その時に妊娠していて、現場で緊張していた岩下さんに冗談を言って気を紛らわそうとしていたという。
 ずいぶん経ってから、篠田監督演出ではないテレビドラマ「鴨川食堂」(16年)で共演した。この時はいろいろアドバイスをしてくれ、気も遣ってくれたという。
〈いろいろなことを考えているすごい役者さん〉とまで言っている。
「問題児」でもあるショーケンだが、岩下さんを前にした時の彼の雰囲気がうかがえる。その対し方は、「約束」(72年)で強烈な出会いをした岸惠子さんとも似ている感じがした。

 若山富三郎とは「桜の森の満開の下」(75年)で共演している。山賊役で粗野な面とともに、そこに優しい心根を重ねた本作の若山を、彼の演技派としての分岐点ではなかったかと話す。
 それまでも若山の演技力には定評があったが、東映ヤクザ映画の時代とはまたひと味違った新境地を感じとったのだろう。

 伊丹とは「悪霊島」(81年)で共演した。〈演技プランはとても緻密〉〈アメリカ帰りの役ということで葉巻をくわえて〉〈ジャケットも、サングラスも登場のときからアメリカの匂い、成金の匂いをチラチラと出して〉と続く。
「お葬式」(84年)で監督デビューする伊丹の才能を、この時から感じていたようで〈少しはみ出ているというか、役者と色が違っていたんです〉。

台本にない自慰行為を自ら監督に提案した

 三人三様の記述であるが、俳優を見つめる目はすなわち、自己の俳優としての表現力に跳ね返ってくる。おそらく映画全体を常に俯瞰的な感覚、視点で見ていたから、共演者に対する鋭敏な感受性が培われたのではないか。
 その鋭敏な感受性が最も先鋭的に現れたのは、先の「悪霊島」での次のエピソードだ。
 岩下さんは本作で、過酷な経験をして変わってしまった女性を演じる際、なんと自慰行為を監督に提案したというのである。

 監督は怪訝な顔をしたが、
〈(その女性が)変わるときには性的な興奮があるんじゃないかな〉
 そう思ったという。この自慰行為は台本にはない。 
 役柄になり切る。その役の心の奥深いところまで降りていく。「悪霊島」の場合は、それが自慰行為にまで及んだ。その徹底化は日常生活まで引きずる。女優の真髄がここにある。

 その延長線上なのか、監督最後の作品「スパイ・ゾルゲ」(03年)ではなんと、メイキング映像まで撮ってしまう。その頃、ビデオキャメラに凝っていて、撮影現場で回しているうちに、メイキング映像制作を依頼されたのである。〈演じるより、キャメラを回していたほうがずっと楽しかった〉と言い、一度、映画監督をやる気になっていたというから驚く。先の俯瞰的な視点とは、映画を「創る」ことにまで向かっていたのであろう。

 篠田監督のお墓には、映画の「映」の字が入っているという。どこまでも「映画」だ。冒頭の「はじめに」の文章に戻れば、その最後は〈いま、彼にすごく会いたい〉であった。

(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)、「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2026年に35回目を迎えた。

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