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記事全文を読む→民意なき政界ドロ仕合(2)「私は妻の下僕ですから…」
そんな中、2月6日には体調不良を理由に、防衛相秘書官が交代した。
「防衛省内では『秘書官交代劇も真紀子氏が直紀氏に入れ知恵したもの』と言われています。ただ、妻の操り人形さながらの言いなり大臣は、防衛省としてはむしろ歓迎。何しろ秘書官の交代と引き替える格好で真部局長の更迭をあっさり見送ってくれたんですから。こんなに使いやすい大臣はいません」(防衛省幹部)
複数の政界関係者によれば、実はこの間、真紀子氏は国会近くの国会図書館にひそかに足を運んでいたという。目的は防衛関係資料の閲覧。入手した資料を直紀氏に渡し、しっかり勉強するようハッパをかけていたというのだ。
この両氏が結婚したのは、43年前の1969年。熊本県知事、参院議員(旧全国区)、衆院議員(旧福島3区)などを歴任した鈴木直人氏を父に持つ直紀氏が慶応大学法学部を卒業し、日本鋼管に就職していた時のことだった。真紀子氏の父・田中角栄元総理の元側近は、
「オヤジ(角栄氏)は常々、『真紀子には日本一の婿を探してやりたいんだが、あのじゃじゃ馬はさすがのオレの手にもかなわん』と言っていました」
こう明かしたうえで、次のように指摘するのだ。
「そのオヤジのお眼鏡にかなったのが直紀氏。何でも『あの茫洋とした鈍牛ぶりは余人をもって代えがたい』とのことで、『日本一我慢強い男』というのがお嬢(真紀子氏)の婿に選んだ決定打だったそうです。オヤジは『いやぁ、ようやくいいのが見つかったよ』と喜んでいました」
角栄氏の見込みどおり、その後、類いまれなる「鈍牛」は「じゃじゃ馬」の尻に敷かれていく。角栄氏のお膝元・旧新潟3区の元後援会幹部も、直紀氏が旧福島3区での衆院選に敗れ、参院新潟選挙区に鞍替えした98年のリベンジ選挙戦の模様をこう振り返る。
「応援演説の真紀子氏は、どちらが候補者かわからないほどの饒舌ぶり。演説が終わり、支援者と握手をしていた直紀氏は、みかん箱から降りた真紀子氏に『パパ、何をクズクズやってんの! 次行くんだから早く車に乗りなさい!』と一喝されていました。この“婦唱夫随”ぶりに、支援者はアッケに取られていました」
この元後援会幹部によれば、その後、直紀氏はバツが悪そうに「私は妻の下僕ですから」と漏らしていたという。
こんな人物を国の安全保障に関わる要職に置くどじょう総理は、やはり柳川鍋にされたほうがいい。
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