地震が起きる前兆として、生物の「イレギュラーな動き」がしばしば取り沙汰、議論される。サッカー北中米W杯の開催地のひとつ、メキシコ。6月11日の開幕を控えた今、その「イレギュラーな生物」問題が物議を醸し、不安を広げている。メキシコもまた、日本...
記事全文を読む→“真夏のキャンペーンガール”50年全史「青木英美(70年・ハリスBONガム)」デビュー直後の撮影でカメラマンと一触即発
70年代の青春ドラマで、鮮烈な印象を残した女優が青木英美(62)だ。当時の日本人には珍しい黄金比ボディは、モデルとしてもまばゆい光を放っていた。
その名をとどろかせたのは、16歳で「ミス・ヤングインターナショナル」の世界2位に選ばれたこと。大阪万博を翌年に控えた69年のことだった。
その前年には「ミスティーンコンテスト」で準ミスに輝き、2年続けて多忙な日々を送る。
「特に『ヤングインターナショナル』は日本で開催されたので、世界50カ国のミスが来日して、3週間ほど一緒に過ごしましたよ。王冠をつけて各地のレセプションや開会式に飛び回っていました」
ここで注目されて芸能界にデビューし、168センチの恵まれたプロポーションでキャンペーンガールとしての一歩を踏み出す。子供向けのチューインガムで知られた製菓会社「ハリス」が、若者層を狙った「ハリスチューイングBON」を新たに売り出し、その広告塔となった。
「2年の契約でしたが、いつもすごくオシャレな衣装を用意していただきました。真っ赤なバイクに合わせた赤い革のツナギとか、短パンに膝上20センチのロングブーツ、当時の流行だったマキシスカートもありましたね」
テレビのCMも、ジェットスキーで海を疾走するなど最先端を行っていた。キャンペーンガールとしては満点の活躍だったが、そのために逃した仕事もあった。
スポ根ドラマの金字塔として最高視聴率39.3%を記録した「サインはV」(69年、TBS系)である。
「范文雀さんが演じられた悲運のアタッカーのジュン・サンダース役に決まりかけていたんです。ところが、ドラマは不二家の1社提供で、私は同じ製菓のライバル会社であるハリスのイメージが強かったから、流れてしまいました」
翌70年には晴れて「金メダルへのターン!」(フジテレビ系)でスポ根ドラマへの出演を果たす。主人公と敵対する役だったため、街を歩いていると「意地悪なお姉さん」とつぶやかれることも多かった。
女優としての人気を決定づけたのは、村野武憲主演の「飛び出せ!青春」(72年、日本テレビ系)と、中村雅俊主演の「われら青春!」(74年、日テレ系)における森下真樹役。女子高生を演じて人気を集め、同じ役名で引き続き出演という異例のキャスティングになった。
「雅俊さんの出身が宮城の女川町なので、震災後に『われら青春!』の出演者やスタッフを中心に、復興支援隊を作ったんです。街頭募金を集めたり、現地の保育所の子供たちにプレゼントを持って訪問しました」
もう一つの代表作は、ジーパン刑事(松田優作)と同じ日に配属されて七曲署のお茶くみとなった「太陽にほえろ!」(73年、日テレ系)だ。撮影が終われば優作らと飲みに行くことも何度かあった。
「優作さんもまだ新人でしたので、物静かで礼儀正しい方でしたよ。ただ、お酒が入ると演技のことに関しては熱っぽく語っていましたね」
その後、芸能界を離れてフランスに滞在。私生活では結婚と離婚も経験したが、現在は再びモデルとして活動している。すらりと伸びた手足は、デビューから半世紀近くがたつが、みごとにキープしている。
「特に秘訣はないんですよ。3食をよく食べて、よく歩くことですかね」
世界基準の肢体は、そんなナチュラルな法則で維持できるようだ。
アサ芸チョイス
もう長いこと、毎週日曜日の視聴がルーティンになっていた2つの番組が、3月29日に揃って終了する。ひとつは1985年10月にスタートした「アッコにおまかせ!」(TBS系)。近年は和田アキ子の失言・暴言・妄言がたびたびSNSで炎上し、「早く終わ...
記事全文を読む→「過去20年間、予想してていちばん難しいですね、今年が。今までこんな難しいことは経験がないですね」これは今季の巨人の順位を予想するにあたり、野球解説者の江川卓氏が発した率直な言葉である。なにしろ投打において、不確定要素が多いのだ。YouTu...
記事全文を読む→今季のプロ野球パ・リーグでは、就任5年目の日本ハム・新庄剛志監督が掲げる「ぶっちぎり優勝」に向けて、自信満々だ。開幕カードは敵地でのソフトバンク戦(3月27日・みすほペイペイドーム)。オープン戦では巨人が8年ぶり首位となったが、実は日本ハム...
記事全文を読む→

