元全仏オープン女王・平木理化容疑者の逮捕や、法律の専門家である大学名誉教授が900万円以上を騙し取られるなど、相変わらず世間を騒がせているSNS型ロマンス詐欺。社会不安が募る中、なんとこのロマンス詐欺のやりとりを楽しんでいる、驚くべきケース...
記事全文を読む→本誌名物1000人アンケート 我が青春を彩った「昭和の歌姫」ランキング(5)インタビュー3.「タッチ」岩崎良美
岩崎宏美に続いてデビューに両親は猛反対
「一度も『疲れた』と言わない姉は憧れだった」
アニメの主題歌として、初めてレコード大賞の候補になったのが85年の「タッチ」である。歌ったのは岩崎良美(50)で、デビューから5年目の大ヒットだった。
*
─最新ニュースとして、初のカバーアルバムを秋に発売されるとか。
良美 そうなんです。もうレコーディングは終わっていて、昭和から現在まで、それこそステキな歌姫たちの作品を集めました。自分で言うのも何ですけど、仕上がりは自信あります。
─さて、デビューは松田聖子や田原俊彦と同じで「花の80年組」と呼ばれました。
良美 他にも河合奈保子ちゃんや柏原芳恵ちゃん、もんた&ブラザーズもいて、芸能界自体が活気づいていた時代でしたね。
─その5年前には姉の岩崎宏美がデビューし、新人賞を総なめに。間近で見る〝歌姫.は、どう映った?
良美 朝から夜中まで働きっぱなしなのに、絶対に「疲れた」と言わないし、とにかくキラキラして見えました。私も最初から歌手とは考えなかったけど、芸能界に入りたいと思いました。
─結果的には姉妹そろって歌手になり、両親の反対はなかった?良美 ありましたよォ、同じ世界だと足の引っ張り合いになるんじゃないかって。でも、いつの間にかデビューしてしまったので(笑)。
─当時の歌謡アイドルの忙しさは殺人的だったと言われます。やはり、そんな実感でした?
良美 歌番組もバラエティも多かったですし、夜中には雑誌の撮影があったり、レコード店をキャンペーンでくまなく回ったり。とにかく忙しかったですけど、でも、その分、音楽が身近にあった世の中だったなと思います。
─デビュー年も新人賞レースに名を連ねましたが、真のヒット曲と呼べるのが85年発売の「タッチ」。これまでで最高の25万枚を記録しました。
良美 ところが、最高位は12位くらいなので、本人にはヒットしたって実感がないんですよ。当時、ドラマの「スクールウォーズ」(TBS)の撮影が忙しかったこともあり、オンタイムで「タッチ」を歌った回数も本当に少ないんです。
─いわゆる「ロングセラー」の部類です。あのイントロは、それを聴くだけで青春の日々にタイムスリップさせる効果があります。
良美 8曲くらい続けて歌うお仕事でも、やっぱり「タッチ」のイントロの瞬間、お客さんの反応が違いますね。ポジティブで、とってもエネルギーのある歌なんでしょう。一時はフランス語で、しゃれたアレンジで歌ったこともありましたが、皆さんが喜んでくださるのは原曲のアレンジ。幸い、キーも変わらないので、今は元のまま歌っています。
─つい先日、姉妹で「聖母たちのララバイ」をデュエットしている貴重な映像がオンエアされました。逆にお姉さんが「タッチ」を歌ったことは?
良美 1度、テレビの企画で歌ったそうです。私に「歌ってみると大変ねえ」って言ってました(笑)。
─デビュー30周年を過ぎて、まだまだ〝艶声.はかげりを見せず‥‥。
アサ芸チョイス
二転三転したサッカー日本代表の次期監督問題、どうもスッキリしないのはなぜか。日本サッカー協会(JFA)は北中米W杯で指揮を執った森保一監督を、来年1月に開幕するアジアカップ(2027年1月7日から2月5日・サウジアラビア))まで続投させるこ...
記事全文を読む→中日ドラゴンズの元投手で、タレントなどで活躍した板東英二さんが7月22日に慢性心不全のため死去していたと、7月28日に公式サイトで発表した。86歳だった。1940年4月生まれ、満州出身で戦後は徳島県で育った。徳島商時代にエース投手でプレーし...
記事全文を読む→コロラド・ロッキーズの菅野智之が「夏の主役」となりそうだ。メジャーリーグ各球団が期限ギリギリになると、駆け込みトレードを次々と成立させている。優勝争いから脱落したチームが主力選手を手放し、その見返りとして将来性の高い若手選手を複数人もらう。...
記事全文を読む→
