政治
Posted on 2016年07月20日 05:55

田中角栄 日本が酔いしれた親分力(14)久々の再会から秘書へ転身

2016年07月20日 05:55

20160721h2nd

 その後、佐藤昭は田中の初めての選挙の応援弁士と結婚したものの、いつしか夫婦仲は冷えていった。

 52年(昭和27年)2月23日、所用から自宅に戻ってきた昭は、不審に思った。家の脇に続く塀に、紺色の高級車ポンティアックが横づけされている。

〈誰だろう、こんなところに‥‥〉

 家の近くまで来た時、ポンティアックの窓が開かれ、ひとりの男が顔を出して声をかけてきた。

「奥さん!」

 何と、田中角栄ではないか。

 昭は、思わず顔をひきつらせた。夫の事業が傾いてからというもの、田中と夫の仲は険悪になっていた。夫は、田中に世話になりながら不義理をしていたらしい。たびたび、田中土建の社員が押しかけていた。いよいよ、社長本人が借金を取り立てにやって来たのではないか。

 昭は頭を下げた。

「本当にご無沙汰しております」

 まさに3年ぶりの再会であった。田中は右手を挙げて「やあ」と昭に答えると、独特のダミ声で訊ねた。

「ご主人は?」

「不在なんです」

「そうか、ちょっと話があるんだが、車に乗って下さい」

 ポンティアックは、轟音を立てて走り出した。昭はさすがに不安になった。

〈田中先生はどこに行くつもりなのだろう〉

 車で連れて行かれたのは、1軒の料亭だった。

「ちょっと、ひと部屋借りるよ」

 田中は出てきた女将に告げると、ずかずかと入っていった。どうやら、かなり馴染みの店らしい。

 田中は、出されたおしぼりで首筋を拭いながら切り出した。

「今朝、選挙区から帰ってきた。君たち2人が離婚するという話を聞いて、あわてて訪ねたんだよ」

 昭はホッとした。どうやら、夫の田中に対する不義理の話ではないらしい。やっと落ち着いた。

 田中が、苦笑いしながら続けた。

「ところが、2人ともいない。仕方なく帰ろうとしたら、近くでボヤがあって道が通行止めになったというんで、解除されるまで待っていたんだ。そこに、君が帰って来たっていうわけだよ。ボヤがなければ、君とは永久に会えなかったかもしれんな」

「そうですね‥‥」

 田中が首を傾げた。

「しかし、なんでまた離婚などと?」

 昭は、さすがに言いあぐねた。

 東京に知り合い1人いない昭である。これまでの自分の苦しみを打ち明ける人すらなかった。親戚たちにも、これまでのいきさつは一切話していなかった。それだけでなく、親友の瀬下さだを始めとした、友人や知人たちとの交際すら断っていた。

 ましてや田中に頼ることなど、まったく考えも及ばなかった。が、昭は問われるままに、包み隠さず打ち明けた。

「そうか‥‥」

 田中は、ため息まじりに言った。

「しかし、もう一度よりを戻すことはできないのかなあ」

「主人も出て行けと言っておりますし、私も出ていく決心をしました。明後日にはあの家を出ます」

「覆水盆に返らず、だな‥‥」

 田中は持っていた鞄から、便箋を取り出した。

「まあ、そこまで行ったら、仕方がないな」

 田中は、便箋に何やら書き始めた。

「これをご主人に渡しなさい」

 昭は夫に会い、書いてある内容を知らぬまま、その手紙を手渡した。

 夫は田中の手紙を読むと、離婚を了承した。

 その年の10月の選挙で、田中は6万2788票を取り、初めてトップ当選を果たした。

 昭と共に食事をしていた田中は、満面に笑みをたたえながら誘った。

「俺の秘書として、働いてみるつもりはないか」

 待遇も、若い女性としては破格であった。当時、秘書の給料は一律に1万9800円であったが、それに200円足した2万円にしてもらったのだ。

作家:大下英治

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    社会
    2026年01月14日 07:30

    昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月19日 07:30

    鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月22日 07:30

    今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/2/3発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク