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記事全文を読む→忘れがたき「昭和のいい女」を一斉追跡!<直撃3・弘田三枝子(人形の家)>
和製ポップスの女王であり、デビュー時は「日本女性歌手史上最高の歌唱力」と評された弘田三枝子(70)。今なお、若いファンを獲得しているのは驚異的だ。
デビュー後しばらくは「ヴァケーション」や「砂に消えた涙」など洋楽カバーが多かったですが、歌っていていかがでしたか?
いちばん好きなジャンルがポップスだったので、どうやったら日本語に乗せて、原曲以上のものにできるか?と考えていました。
東芝のディレクターだった草野浩二さんが自由にやらせてくれたので、ここでシンコペーションを入れようとか、ハネてみようとか、パンチを利かそうとか、ポップスを日本語で歌う挑戦がものすごく楽しかったです。
CMでも「アスパラで生き抜こう」(62年)や「ワンサカ娘’64」(64年)など、耳になじみのある曲がたくさんあります。
いずみたくさんがCMソング担当で、よく私を起用してくれました。弘田三枝子の声を使って、どう表現したらその商品が売れるか考えましたね。
もう50年以上前なのに、今でもレナウンやアスパラのCMソングを覚えてくださってる方がいらっしゃるなんてビックリです。
そして69年に大ヒットした「人形の家」は代表作ですが、この歌の誕生秘話を教えてください。
21歳の時です。レコーディングの時、開口一番、作詞のなかにし礼さんが「ミコはこれで女を上げるぞ」とおっしゃった。最初は何のことかポカンと聞いていました‥‥。
移籍したコロムビアのディレクター・鈴木亮一さんが熱心で、レコーディングの前に、作曲した川口真さんのご自宅で何度も朝から晩まで稽古したのを覚えてます。
それまで、こんな楽曲を歌ったことがなかったですし、難しい詩をどうやって表現したらいいか悩みました。片想いばかりの自分の気持ちを想像しながら必死に歌ったような気がします。
最初は放送局にテスト盤を持って行っても「こんな暗い歌、売れないよ」と言われましたが、その年のレコード大賞歌唱賞をいただいて私の人生を大きく変えてくれた1曲になりました。
近年は新宿二丁目など若者文化の最先端でも歌っていますが、ステージに立っていかがでしたか?
雨の日にもかかわらず、超満員のお客様で、お帰りになった方も多くいらしたとか。私のステージの前に、ドラァグクイーンの方々が私の歌に合わせて華やかなファッションでパフォーマンスしてくれたので、私も思い切り派手なスパンコールのドレスを着ました。興奮しましたね!
ステージに出る前から歓喜のエネルギーで、幕が開いた瞬間、ワーッと言ってくださって。私のことを知らない若い世代の方たちが「人形の家」を大合唱してくれた時は、涙が出そうなくらい感動しました。これからも私の歌を歌い継いでいってほしいですね。
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