11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→闘将・星野仙一がすがった「波動療法」(3)「俺の野球人生に悔いなし」
現役時代に投手と打者として対峙し、監督でも覇権を争った巨人の原辰徳球団特別顧問は、没後の取材で星野氏をこう評している。
「仏と勝負の鬼という両極端の顔を持っていました。私の知るかぎり、いちばん強い気合いの持ち主でした」
スポーツ紙デスクが、二人の関係を解説する。
「原さんは03年に一度、巨人の監督を辞めた時、フロントとの不和で東京ドームではセレモニーをしてもらえなかった。不憫に思った星野さんは、シーズン最終戦の巨人戦終了後に花束を用意させ、甲子園で退任セレモニーを開いて『もう一度勉強して戻ってこい』と声をかけています。原さんはその気遣いにいたく感動していたんです」
今回の取材でも、原氏は自宅でただ答えるのではなく、ちゃんとスーツに着替えてネクタイを締めてから応じたという。尊敬する先達への経緯がそうさせたのだろう。
原氏が言うように、グラウンドでは“鬼”でも、裏では“仏”の顔を見せていた。例えば自分に尽くした選手やスタッフたちには、引退後も球団職員や打撃投手などの“再就職先”を必ず用意したという。
「他にも、誰かが交通事故や女性関係のトラブルを起こしても、全て星野さんが間に入って解決したと聞きました。阪神や楽天のお偉方も、かなり世話になっていたという話です」(スポーツ紙デスク)
鉄拳制裁を行っても求心力が落ちなかったのは、こうした球界一の親分肌だったことにもよる。
今年の正月、大学時代から苦楽を共にした親友・田淵幸一氏に送ったメールに、星野氏は次のような文章をつづったという。
〈おめでとう↓↓↓まだまだ体調戻らない!?歩くのトボトボ悲しいもの。娘の家で静養↓↓↓早く元気にしてゴルフできるよ頑張ります!いつもありがとう!〉(原文ママ)
星野氏にごく近しい関係者が、「最期の闘い」に挑んでいた姿を伝える。
「亡くなる直前のメールの内容でもわかると思いますが、本人はまだまだ闘い、回復するつもりでした。なにしろ12月に入ってから、インフルエンザの予防注射まで打ったほど。死期を悟った病人のすることじゃありません。残念ながら屈してしまいましたが、ガン発覚時には『余命90日』と言われたのに、1年半も頑張ってくれた。最後まで星野仙一という男を全うしたと、私たちは思っています」
高山氏もまた、生涯を野球にかけた男の、ありし日の姿を振り返る。
「お偉いさんにも女性にもモテた人だったけど、結局野球がいちばん好きで、野球に一生懸命でしたね。『アメリカのマイナー球団を買って、そこで日本人選手を育成しようと思ってる』とか『巨人の誘いに乗らずに、楽天に行って本当によかった。俺の野球人生には悔いがない』とか、そういう話をしている時がいちばんうれしそうでした」
ホーム球場・楽天生命パーク宮城では、1月7日から3日間にわたって設置された献花台にファンが花を手向けた。献花台は楽天のキャンプ地、オープン戦開催球場に続けて設置されることも決まっている。3月10日には、甲子園で阪神と中日が対戦する「星野仙一追悼試合」も開催されることになった。合掌。
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→

