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玉木正之
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「今も忘れない星野仙一さんが私に語った言葉」
2018年、日本のスポーツ界はショッキングな出来事で幕を開けた。星野仙一さんの膵臓癌による早すぎる逝去。享年70歳。現役投手時代は通算146勝という成績以上に、ドラフト指名を約束しながら裏切った巨人を相手にリベンジの大活躍。「燃える男」とし…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「貴乃花親方の『改革』は伝統文化の破壊に映る」
「日馬富士暴行事件」で表面化した「横綱白鵬vs貴乃花親方」の対立の構図は、モンゴルと日本の文化の違いもあり、相当わかりにくいものになってきた。『WiLL 月刊ウィル』(ワック)の2月号に、東洋史家の宮脇淳子さんが「モンゴル力士はなぜ嫌われる…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「大相撲暴行で見えてきた『人情相撲』の現実」
テレビというメディアは老若男女、あらゆる人々が見るわけだから、発言内容には自ずと規制が生じる。それは当然のことで、何でも自由に喋らせろ、などと言う気は毛頭ない。が、貴乃花親方と日本相撲協会幹部との対立や、横綱白鵬との軋轢‥‥という問題を語る…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「国ぐるみのドーピングをなくす“2つの方法”」
IOC(国際オリンピック委員会)は、ロシア選手団を、来年2月に開催される平昌冬季五輪から締め出すことを決定した。これは当然の処置と言える。何しろWADA(世界反ドーピング機構)の調査によると、前回のソチ冬季五輪のときにロシアの全メダル獲得数…
カテゴリー: スポーツ
タグ: IOC, ウラジーミル・プーチン, ドーピング, 平昌五輪, 玉木正之, 週刊アサヒ芸能 2017年 12/28号
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「白鵬、優勝を決めた“肘うち”は厳罰モノ!」
前回に続いて、やはり「日馬富士暴行傷害事件」について書かねばならない。が、今回書いておくべきは「事件」そのものではなく、近年の白鵬の相撲の取り口についてである。11月九州場所千秋楽前日の14日目、白鵬が遠藤に勝って優勝を決めた一番は、はっき…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「白鵬の傲慢な言動こそ角界の『ウミ』だ」
稲葉監督率いる日本代表野球チーム「サムライ・ジャパン」が、韓国、台湾チームに勝ってアジア・チャンピオンシップ・シリーズに優勝。これは2020年の東京オリンピックで正式競技となった野球の日本代表チームの強化のために新設された大会だが、実力が拮…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「日馬富士暴行、なぜ『両成敗』ではダメなのか」
「喧嘩両成敗」という言葉は、我々日本人なら誰もが(と言ってもいいほど)知っている言葉である。それが知れ渡るきっかけとなったのは『忠臣蔵』。播州赤穂藩主の浅野内匠頭が、高家(江戸幕府で儀式を司る役職)筆頭の吉良上野介を殿中松の廊下で刃傷に及ん…
スポーツ
玉木正之のスポーツ内憂内患「箱根駅伝は全国化で“組織改革”も断行せよ」
11月7日付の「日刊スポーツ」紙の報道によると、2024年に第100回目の記念大会を迎える箱根駅伝の「全国大会化」が検討され始めているという。このニュースを聞いて、「えっ? 箱根駅伝って全国大会じゃないの?」と思った人もいるだろう(実際、私…
政治
玉木正之のスポーツ内憂内患「安倍首相、ゴルフの政治利用には呆れ果てた」
かつて「緑の待合」という言葉があった。「待合」とは、仕出し屋から料理を取り、芸妓を呼んで遊ぶ部屋。明治以来、日本の政治家たちが密談をする場所として大いに利用したので、「待合政治」という言葉まで生まれた。戦後も60年代の初期頃までは「待合政治…