政治

歴代総理の胆力「山本権兵衛」(2)妻は品川遊郭出身の元遊女

 その後、山本は予備役に編入され、政治活動から離れていたが、約10年後、時の総理大臣の加藤友三郎が死去、お鉢が回ってきての第二次内閣の組織ということだった。

 しかし、ここでも山本はその力量の高さに比べ、「運」のなさにつきまとわれた感があった。巡り合わせの悪さである。折からの関東大震災に見舞われ、治安悪化から戒厳令の施行を余儀なくされ、政治反動の雰囲気をかもしてしまった。ために政党の協力を得られずという苦境の中、「摂政」だった裕仁皇太子(のちの昭和天皇)が狙撃されるという「虎ノ門事件」も起こり、その責任を取って総辞職を余儀なくされたということだった。第二次政権はわずか4カ月で終わったのである。

 その山本の私生活はと言えば、総理在任中でもじつに質素なものであった。床の上げ下げも自分でやった。靴下や衣服のほころびも、器用に針を操って自分で縫った。また、酒席に出ることは極力避け、政治家として派閥、子分をつくり、それをバックに「力の政治」に走るタイプでなかったことを実践した格好だった。

 特筆すべきは、妻・登喜子が品川の遊郭の元遊女だったことだった。時に山本、ドイツ軍艦で世界を回って帰国して間がない22歳である。山本は新潟出身で売られたばかりのこの若い女性に一目惚れ、強引に足抜けさせ、身請けしたということであった。男気にも富んだ人物だったのである。

 山本はドイツ軍艦に乗船中、艦長のグラフ・モンツから言われたことがあった。「妻を敬うことは一家に秩序と平和をもたらす」と。山本はこれを心に刻み、この妻や家族を、大変に大事にした。夫婦仲は極めてよく、愛妾を抱えるなどの話は全く無縁であった。昭和8(1933)年、登喜子が没すると、山本はそのあとを追うように、その年12月に死去したのだった。

「維新の第2世代」として台頭、大正期にその明治国家の修正にチャレンジした男の“未完の死”であった。

■山本権兵衛の略歴

嘉永5年(1852)10月15日、薩摩(鹿児島県)加治屋町(かじやちょう)生まれ。山県、伊藤、桂内閣で海相。海軍大将を経て、第一次、第二次内閣を組織したが、ともに、シーメンス事件、虎ノ門事件により総辞職。総理就任時60歳。昭和8年(1933)12月8日、81歳で死去。

総理大臣歴:第16代1913年2月20日~1914年4月16日、第22代1923年9月2日~1924年1月7日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

カテゴリー: 政治   タグ: , , , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    ゲームのアイテムが現実になった!? 疲労と戦うガチなビジネスマンの救世主「バイオエリクサーV3」とは?

    Sponsored

    「働き方改革」という言葉もだいぶ浸透してきた昨今だが、人手不足は一向に解消されないのが現状だ。若手をはじめ現役世代のビジネスパーソンの疲労は溜まる一方。事実、「日本の疲労状況」に関する全国10万人規模の調査では、2017年に37.4%だった…

    カテゴリー: 特集|タグ: , , , |

    藤井聡太の年間獲得賞金「1憶8000万円」は安すぎる?チェス世界チャンピオンと比べると…

    日本将棋連盟が2月5日、2023年の年間獲得賞金・対局料上位10棋士を発表。藤井聡太八冠が1億8634万円を獲得し、2年連続で1位となった。2位は渡辺明九段の4562万円、3位は永瀬拓矢九段の3509万円だった。史上最年少で前人未到の八大タ…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , |

    因縁の「王将戦」でひふみんと羽生善治の仇を取った藤井聡太の清々しい偉業

    藤井聡太八冠が東京都立川市で行われた「第73期ALSOK杯王将戦七番勝負」第4局を制し、4連勝で王将戦3連覇を果たした。これで藤井王将はプロ棋士になってから出場したタイトル戦の無敗神話を更新。大山康晴十五世名人が1963年から1966年に残…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
「致死量」井上清華アナの猛烈労働を止めない「局次長」西山喜久恵に怒りの声
2
完熟フレッシュ・池田レイラが日大芸術学部を1年で退学したのは…
3
またまたファンが「引き渡し拒否」大谷翔平の日本人最多本塁打「記念球」の取り扱い方法
4
打てないドロ沼!西武ライオンズ「外国人が役立たず」「低打率の源田壮亮が中心」「若手伸びず」の三重苦
5
京都「会館」飲食店でついに値上げが始まったのは「他県から来る日本人のせい」