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記事全文を読む→歴代総理の胆力「浜口雄幸」(2)惜しむらくの「根回し」術欠如
そうしたさなかの昭和5(1930)年11月14日、浜口は東京駅で右翼青年の狙撃を受け重傷を負った。犯人の供述は「現内閣が潰れれば、もっとよりよい内閣になる」というものだった。狙撃された直後、浜口は同行していた外務大臣の幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)らに「男子の本懐‥‥」と、うめくように言った。
それから5カ月後、命は取り止めた浜口だったが、予後の体調不良を抱えながらも、総理として国会には出席した。人間が真面目だけに、金解禁後の経済、財政運営が頭から離れなかったようであった。しかし、総理辞任から4カ月後、細菌感染により体調がさらに悪化、死去を余儀なくされた。
浜口雄幸の名の「幸」は、当初、女児の誕生を願っていた親の思いによるものであった。ためか、少年時代はカミナリが大嫌いで雷鳴を聞くと身をすくませ、すべてがウワの空になってしまうほど気の弱い子であった。
しかし、東大を2番で卒業後、大蔵省に入った頃には、弱気は強気に転じ始めた。東大時代には、すでにアダム・スミスの『国富論』を読破、「将来は政治家」を期していたことも、強気に転じた背景だった。
浜口の晩年の著作『随感録』には、自らの生涯に思いを致し、「短所矯正の大苦闘の継続だった」「人生は混み合う汽車の切符を買うため、大勢の人々と窓口に立つようなものだ」「政治ほど真剣なものはない。命懸けでやるべきもの」との感慨が述べられている。
浜口の己の信念に基づいた生き方は多としつつも、根回しに頼らずの姿勢は、必ずしもリーダーシップという点で高い点はつけられない。浜口に、妥協、根回しといったもう一つの「胆力」があれば。凶弾に斃(たお)れる晩年の様相は変わっていた可能性もある。
■浜口雄幸の略歴
明治3(1870)年4月1日、高知県長岡郡生まれ。大蔵省入省。立憲民政党総裁。浜口内閣組織で、世界恐慌に遭遇。総理就任時、59歳。昭和5(1930)年11月14日、東京駅にて狙撃される。翌6年4月14日、総理辞任。同年8月26日、61歳で死去。
総理大臣歴:第27代1929年7月2日~1931年4月14日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。
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