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記事全文を読む→歴代総理の胆力「福田赳夫」(2)「天の声にもヘンな声がある」
しかし、一方で「安定成長」を旨とする志と異なり、政権を取った直後の次年度予算案は景気回復が要求されており、景気刺激策として苦渋の赤字国債の大量発行を余儀なくされた。
また、折から日本赤軍による日航機ハイジャックという「ダッカ事件」が発生、乗員・乗客156人救出のため、日本で拘置中の犯人の仲間らの釈放、身代金600万ドルを支払うという、ここでも苦渋の選択を余儀なくされたのだった。日本政府内は「人命尊重か。法秩序の維持か」で大激論となったが、福田は「人命は地球より重い」として、超法規的措置により犯人の要求をのんだということだった。この措置には、世論も賛否が分かれたのである。
こうした後味の悪い条件の中でも、福田は総裁「再選」を目指した。しかし、国会議員による本選挙の前の党員・党友による総裁選予備選挙で、自信を持っていた「1位」をライバルの大平正芳に奪われたことで、本選挙を辞退、退陣を決めたのだった。
福田は予備選開票直前の記者会見で、こう言い切っていた。
「予備選は党近代化の試金石だ。本選挙では、国会議員一人ひとりが良識に従って投票すべきで、予備選はその良識を決める大きな要素となるべきである」
すなわち、予備選で1位になった者を国会議員の意向でひっくり返すようなことがあってはならないとの言明である。「王道」の福田らしく、これをもっての潔い退陣ということだった。
しかし、予備選1位に自信を持っていたこと、1位になった大平をその「盟友」田中角栄率いる田中派がシャカリキの選挙支援を行ったことで敗れた無念さをにじませ、さすがにこう天を仰いで言ったものだった。
「天の声にもヘンな声がある。敗軍の将、兵を語らずだ」
■福田赳夫の略歴
明治38(1905)年1月14日、群馬県生まれ。大蔵省入省。「昭電疑獄」に連座して退官。昭和27(1952)年10月、無所属で衆議院議員初当選。昭和51(1976)年12月、福田内閣組織。総理就任時71歳。退陣は、総裁選予備選で敗れたため。平成7(1995)年7月5日、90歳で死去。
総理大臣歴:第67代 1976年12月24日~1978年12月7日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。
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