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記事全文を読む→「紳助とやすし」暴君の系譜(4)「51の若さで死んだら負け」
先にも触れたが、愛人問題が持ち上がったのも2人に共通する系譜である。
「やすしには有名なところで、2番目の妻と再婚した直後から、上京した際に身の回りの世話をしてくれる〝東京妻〟と15年ほど不倫関係を続けたことが発覚しています。一方の紳助はもっと派手で、女優・渡辺典子との密会を撮られたのをはじめ、モデルやらタレントやら共演した女性たちとの噂が絶えませんでした」(ワイドショー芸能デスク)
前出・在阪テレビ局関係者が、2人の女性観を比べて言う。
「やっさんは酒が入ると〝独演会〟で、いろんな女の話もベラベラしゃべった。一時は女マネジャーとつきあっていたなんて話もありましたが、ほとんどのケースで、相手は水商売の女性でした。それも容姿がズバ抜けていいというような子は少なかった。手当たりしだいにタレントを口説いて、番組への起用をちらつかせていたという紳助とは、大きく印象が異なりますね」
とはいえ、やすしは酒気帯びのまま番組に出演したり、飲酒運転のあげく人身事故を起こしたりと不祥事を連発し、89年、ついに吉本興業から解雇を言い渡されてしまった。
紳助がヤクザとの親密交際を理由に解雇されたのは、それから22年後のことである。
その後、やすしは芸能界復帰を果たしたものの華々しい活躍をしたとは言いがたかった。92年には、「風の会」から参院選に出馬したものの落選。時を前後して90年に紳助が「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)の司会に抜擢され、政治というジャンルにも活動の場を広げたのとは対照的である。
吉本を「破門」になったあとの様子について、前出・新間氏が語る。
「飲んでは『クビにしやがって‥‥』と恨み節を言うことがありました。それでも口癖は『死ぬまでにもう1回、キー坊と漫才をやりたい』でしたよ」
しかし、やすしは大親分として復権することなく、96年に永眠した。
「紳助は追悼のコメントで『失礼かもしれないけど、勝て、勝て言うて、51の若さで死んだら負けちゃうかな』とも話していました。紳助も現在は55で、芸人として一度は栄華を極めている。当時を思うと感慨深いですね」(前出・ベテラン芸能記者)
前出・石川氏が言う。
「紳助は公私混同というか、息のかかったタレントばかりを番組に出したり、自分が経営する店をテレビで宣伝したりね。やっさんにはそういう商売っ気がまったくなかった。徹底的に芸人でした。自分がしたいことをして、周囲が失敗するだろうなと思うと、やっぱり失敗した。でも憎めなかったんです」
似ているようで、2人は芸人としては性質を異にしていた。しかし、全て計算どおりに行っているようだった紳助親分は、まさか終焉の早さも大親分・やすしと同じ系譜だったとは読みきれなかったことだろう。
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