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記事全文を読む→駒田徳広、「“満塁男”伝説の始まり」秘話で蘇る「記録より記憶の男」強烈印象!
「満塁男」の異名を持つ、駒田徳広氏。1980年にドラフト2位で巨人に入団、プロ入り3年目の83年4月10日の開幕2戦目の大洋戦に先発出場し、日本プロ野球史上初となるプロ初打席での満塁本塁打をライトスタンドに放っている。
ところが、この満塁本塁打にはいくつかの偶然が重なった結果であったと駒田氏が謙虚な口調で振り返る番組があった。
テレビ東京が運営するYouTubeのスポーツチャンネル〈テレビ東京スポーツ〉、10月4日投稿回〈駒田徳広YouTube初登場!史上初のプロ初打席満塁HRの裏側【満塁男コマダのココだけの話】〉でのことだ。
83年の開幕2戦目の練習中に中畑清氏が手首を骨折して戦線離脱。当時の王貞治助監督の進言により7番ファーストで駒田氏はスタメンが決まった。
当時、対する横浜大洋ホエールズの2戦目の先発は右田一彦氏で、駒田氏は2軍の試合で3本の本塁打を打っていた実績から得意としていたことも明かし、もし、初戦であれば、大洋の先発はセントラルを代表するエースの遠藤一彦氏であったことから、「打てっこないです、あのフォークなんて」とラッキーだったと語った。
加えて言えば、あの回は満塁の場面で、先に打席に立つ6番の淡口憲治氏が右中間フェンスギリギリに放つ走者一掃の打球を放ったのだが、2塁ランナーの原辰徳氏がタッチアップを警戒して帰塁できなかったことから、またも満塁で駒田氏に打順が回ってきたと巡り合わせの運にも感謝している様子だった。
駒田氏はプロ通算18年間で2006安打、名球界入りも果たしているのだが、その活躍以上に「満塁男」の印象が強烈だ。まさに、「記録より記憶」といったところか。
(ユーチューブライター・所ひで)
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