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母の死と大スランプに、浅田の心身は悲鳴を上げた。人生初の長期休養から再起へ向けスケートを基礎から見直す練習を繰り返した。そして“新3A”が完成し、まなざしはソチへと向かう。誰も成しえなかった大技を目標にラスト・ダンスが間もなく始まる。
最愛の母・匡子さんの死去から4カ月後に、フランスのニースで開かれた世界選手権に出場した浅田真央(23)。しかし、表彰台に彼女の姿はなかった。
「どうして調子が上がってこないんだろう」
代名詞のトリプルアクセル(3A)が不発に終わるばかりか、10-11シーズンのワースト得点に自失し、茫然とするばかりだった。現地入りしていたスポーツ紙記者が振り返る。
「母親を亡くして2週間後の全日本選手権で優勝した時に見せたメンタリティの強さは、微塵も感じられませんでした」
その全日本前には、
「(お母さんのためにも)世界選手権の切符を取りたい」
と話していた浅田だが、世界選手権では練習と本番で、3Aに56回も挑戦して成功なしという状態に自問自答を繰り返すばかりだった。
「何でだろう?」
帰国した浅田は燃え尽き症候群のようになり、姉の舞に、こう漏らしていた。
「スケート、やめたい」
浅田は生まれて初めて、スケートリンクに行くことさえも苦痛に感じていたという。前出・記者が語る。
「昔から母の匡子さんは姉妹に『イヤだったらいつでも(スケートを)やめていいのよ』と優しく声をかけていたそうです。姉の舞さんは、気持ちの折れかかった妹を気遣い、積極的にリフレッシュにつきあっていましたね。佐藤信夫コーチも『しばらく休みなさい』と、言葉をかけていました。2人は父の敏治さんが無農薬野菜に関心を持っていたこともあり、山梨の農園に行ったり、乗馬を楽しんだりと、フィギュアを忘れて過ごしていました」
浅田が目標を見失うほどの深刻な状況に直面していたことには間違いなかった。母・匡子さんは、この1年前の春、浅田が心身ともにすでに限界に来ていることを、こう明かしていていた。
「15歳から世界で戦い続け、体も心も金属疲労のような状態で、どこかでケアする時間が必要かもしれない」
ライバルのキム・ヨナ(23)は11-12シーズンを休養に充てているのだが、全国紙運動部デスクが話す。
「金メダルを手にしたキム・ヨナは、『母国・平昌〈ピョンチャン〉の冬季五輪招致の大使として活動する(18年開催で決定)』という大義名分もあり、休養宣言がしやすかった。ここで、浅田が休むとなれば大会の集客力などが落ち、大きなマイナスです。スケート連盟やテレビ局、スポンサーなど、できれば出場してほしいという“大人の事情”も見え隠れした。さらに休んだとしても、浅田は母の看護に付き添い、心の負担がより大きくなる。匡子さんは、それを恐れ、『今までどおりの生活をして』と娘に告げていたそうです」
母の死と燃え尽き症候群──浅田は休息が必須となるまで追い込まれていたのだった。
◆アサヒ芸能2/18発売(2/27号)より
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