スポーツ
Posted on 2024年11月23日 05:56

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈「不運」をも受け入れ堂々の演技〉

2024年11月23日 05:56

羽生結弦」北京五輪フィギュアスケート男子SP・2022年2月8日

「正直言って、僕なんか悪いことしたかな」

 演技後、羽生結弦は苦笑を浮かべて、つぶやいた。

 2022年2月8日、北京首都体育館。北京冬季五輪フィギュアスケート男子シングルのショートプログラム(SP)。14年ソチ、18年平昌と2大会連続金メダリストの羽生に、北京の女神は味方しなかった。

 開始からおよそ35秒後、最初のジャンプの4回転サルコウが、わずか1回転になってしまった。

 他の選手が掘ったリンクの穴に、踏み切った左足のエッジがはまり、ジャンプが抜けてしまったのだ。

 いったい、五輪の舞台で、なぜこんなことが起きてしまったのか。

 ある関係者は、表情を曇らせ、こう語った。

「滅多に見られませんが、起きるとしたらフリー。ジャンプが多く、後半になるとリンクコンディションが荒れてくるからです。しかし、この日はSP。しかも羽生選手は整氷してから3人目。これはもう運がなかったというしかない。事前の6分間練習で、あの小さな穴を見つけるのは、ほぼ不可能。抉れたような穴の形状からして、おそらくトウジャンプでできたものだと推察されます」

 このアクシデントが響き、スコアは95.15点で8位。メダル圏外に去った。

 羽生の高潔な人柄に触れたのは、14日の記者会見。普通の選手なら、整氷作業の責任者に対し、文句のひとつも付けるだろう。

 だが、羽生は不満めいた言葉を一切口にせず、「ショートプログラムは氷にひっかかって悔しかったけど、滑りやすく跳びやすくて気持ちのいいリンクでした。この場を借りて感謝します」と謝辞を述べたのだ。

 中国人はメンツを重んじる。国際社会は、自分たちをどう見ているか。それが気になって仕方ない。

 まして五輪である。2大会連続金メダリストの羽生が、リンクコンディションの不良により、万全の演技ができなかったとあっては、面目丸潰れだ。

 それこそ責任者は処分されるかもしれない。実際、首筋に冷たい物を感じた者もいたに違いない。

 それを察したからこそ、羽生は先回りして、謝辞を述べたのだろう。スポーツマンの鑑である。

「それでも95点出していただけたのはありがたい。それだけ他のクオリティーを高くできた。自分を褒めてあげたい」

 羽生が素晴らしかったのは、絶望的なアクシデントに見舞われながら、その後完璧なパフォーマンスを披露したことだ。

 4回転トウループ+3回転トウループの連続ジャンプは高さがあり、後ろのジャンプは手の振りをつけた。

 カウンターターンからのトリプルアクセルも美しかった。ピアノ調の「序奏とロンド・カプリチオーソ」に合わせたステップシークエンス、スピンなど全ての要素に加点がついた。

 五輪は残酷である。4年かけて準備してきても、たったひとつのミスが原因で台無しになってしまう。

 それが自ら招いたミスであれば諦めもつく。自分を責めるより他あるまい。

 だが北京での羽生の場合、自らには一切非がなく、ただただ運が悪かったに過ぎない。

 それでも静かに運命を受け入れ、アクシデント後も淡々と、そして堂々と自らを表現し続けた羽生の姿こそは、理想のオリンピアンそのものだった。

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    スポーツ
    2026年09月13日 11:15

    近年のネット環境の充実によって、高い売り上げを誇る公営ギャンブル。メディアを下支えする団体としても大きな役割を担っているが、最近は風向きが変わり始めている。ギャンブルライターが現状を語る。「日本の公営ギャンブルは競馬(中央・地方)、競輪、ボ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    社会
    2026年09月14日 11:30

    AIは本当に人類を終わらせるのか。専門家のとある主張が世界を震撼させている。その「AI終末論」は、AI開発企業アンソロピックに勤めていた元研究員、ジェイコブ・コクソン氏によるもの。Xで「AI研究関係者の多くが、AIは今後10年以内に人類を破...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    芸能
    2026年09月14日 13:30

    8カ月ぶりに帰ってきたバス旅で最も存在感を放ったのは、看板を背負う太川陽介ではなかった。「路線バスで鬼ごっこ~太川陽介から逃げ切れ~【茨城・水戸】」(テレビ東京系)が、9月12日午後6時30分から放送された。鬼チームは太川陽介、草薙航基、村...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/9/15発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク