芸能
Posted on 2022年08月04日 09:59

大高宏雄の映画一直線/興行収入10億円を突破した阿部サダヲの「全く新しい犯罪者像」

2022年08月04日 09:59

 上半期の映画界における功労者の筆頭は誰かといえば、阿部サダヲではないだろうか。様々な映画を思い返す時、彼の顔が一番に浮かんでくる。「死刑にいたる病」(監督・白石和彌)の阿部である。連続殺人を題材にした、サイコサスペンスだ。その犯人役・榛村を彼が演じる。全く新しい犯罪者像を作り出したと言っていい。

 この作品が若い層を中心にヒットし、なんと興収10億円を突破した。上半期の興収上位にはアニメーションや実写の娯楽大作が居並ぶ中、過激極まる内容を持つ本作がここまでの成績をあげたのは、快挙であった。そのヒットの牽引役が阿部だった。

 冒頭から、榛村が犯人だということがわかっている。自身も何件もの犯行を認めている。ただ一件だけ、自分が犯人ではないと主張する。その真相を探ってほしいと、岡田健史扮する青年・雅也を、収容されている拘置所に呼び出すのだ。時制は過去と現在が入り交じり、雅也を巻き込んだ残虐極まる大量殺人の真相が明らかになっていく。

 2人の面会時では、雅也が榛村の口八丁の手練手管で懐柔されていく過程が、かなり緊張感を強いてくる。榛村の穏やかで滑らかな口調、冷静さと矛盾しない研ぎ澄まされた眼力、説得力ある話の内容などが、着々と雅也の心をとらえる。2人の間はガラスで区切られているのに、榛村からは相手を誘い込む強烈な電磁波が放たれているがごときであった。

 この面会シーンとともに、残忍な犯行が前提になる過去のシーンでも目を見張る。榛村は、オシャレなパン屋を営んでいる。彼は店に来る一人の少女に目をつける。彼女に、どのように近づくか。いかに偶然を装うか。相手の用心の強壁を突き崩していく彼の近づき方、その時のさりげない笑顔がなんともゾッとする。作り笑い、偽りの笑いが、外部からは全く自然、普通に見える。だから、恐ろしい。

 俳優には、役になりきるという重要な側面がある。カメレオン俳優という言い方もある。ところが本作の阿部は、そのような言い方では収まりがつかない。役になりきるというより、阿部サダヲが、別のいくつもの顔がある阿部サダヲを演じている感がある。本作でいえば、面会時、普通の生活者、残忍極まる犯罪者それぞれの顔である。

 それらを、役として演じ分けているようには思えない。そこでは、俳優と役を結ぶ「演技」の回路が、従来型の演じるという形とは、かなり様相を異にしていると言うべきか。

 本作の特異なサイコサスペンステイストの主要な部分は、阿部が発信源である。それがネットやSNSなどで広く伝わったこともあり、ヒットに弾みがついたと言えそうだ。

(大高宏雄)

映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2022年で31回目を迎えた。

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年04月28日 16:30

    バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    スポーツ
    2026年05月07日 06:30

    ゴールデンウィークが明けても再起の見通しが立たず、長すぎる空白期間を過ごしているのは、左内腹斜筋肉離れでリハビリ中のヤクルト・山田哲人内野手である。沖縄・浦添キャンプのシートノック中に脇腹の張りを訴え、戦線離脱。5月になっても打撃のひねり動...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/5/12発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク