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記事全文を読む→「涙が出ました…」古舘伊知郎が初めて明かした逸見政孝「12億円豪邸でのがん告白」
「私が今、侵されている病気の名前、病名は、がんです」
元フジテレビアナウンサー、逸見政孝さんは、93年、当時の日本テレビ麹町本社にて午後3時から記者会見を行った。がんと戦うことを語ったが、その年の12月25日に他界した。
88年、逸見さんは20年間務めたフジテレビを退社。フリー転身後は、「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」「夜も一生けんめい。」(いずれも日本テレビ系)、「たけし・逸見の平成教育委員会」(フジテレビ系)といった人気番組のMCを担当。超のつく売れっ子となり、92年には世田谷区に12億円(当時)の大豪邸を築いている。
そんな逸見さんとの秘話を明かしたのはフリーアナ・古舘伊知郎だ。9月24日に更新した自身のYouTubeチャンネル〈古舘伊知郎チャンネル〉で、逸見さんの豪邸に招かれた時のことを振り返ったのだ。
「新築の素晴らしいお宅に呼ばれて、オレ、新築祝いで花持って行ったりしたんだけど、その綺麗なリビングルームで、その時も他人事のように客観的に『実はね、古舘くんだから言うけど、オレ、がんなんだよ。世間的には言ってないけど』って。私はその時、涙が出ましたね…」
逸見さんの個人事務所が業務提携していたのは、逸見さんのタレントとしての才能を見出し、芸能界に誘った三木プロダクションの三木治社長だ。芸能関係者が語る。
「三木さんも逸見さん同様、お酒を飲まない方だったので、いい仕事をした後は、コーヒーで乾杯したものだと、よく目を細めて懐かしんでいました。その三木さんも、18年に他界されています。局アナのフリーの成功例のような存在だった逸見さんが、もし93年に亡くなっていなければ、その後の男性アナの芸能界での勢力図に変化が起きていたかもしれませんね」
冒頭の逸見さんの会見は9月6日。今と同じように秋へと移ろいゆく季節だった。あれから29年という月日が経ったが、逸見さんの存在は今でも人々の記憶に残っているのである。
(所ひで/ユーチューブライター)
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