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記事全文を読む→世界の福本豊<プロ野球“足攻爆談!”>「なぜバースだけ殿堂入りやねん!」
バースとラミレスの野球殿堂入りが1月13日に発表された。外国人選手としては初の栄誉。エキスパート表彰のバースは阪神で2年連続3冠王に輝き、プレーヤー表彰のラミレスはDeNAや巨人で長く働き、外国人選手初の通算2000安打を達成した。両者ともに素晴らしい実績を残している。でも、殿堂入りメンバーの一人として「誰か忘れてないか? ブーマーがなんで入れへんねん」と、声を大にして言いたい。
野球殿堂には現役引退5年後から対象となるプレーヤー表彰と、エキスパート表彰がある。僕ら殿堂入りした者はエキスパートの投票権を持っている。候補者の中から5人まで連記で投票できるシステムで、僕は長池徳士さんや、ブーマー、加藤英司らに毎年投票してきた。在籍わずか6年のバースが選ばれたなら、ブーマーも選ばれないとおかしい。プレーヤー表彰の時は惜しくも届かずに有効期限が過ぎた。救済措置の形となったエキスパート表彰でも得票数があまり伸びていない。「外国人はもういいやろ」とならず、「次はブーマーやろ」という風向きを期待したい。
僕が阪急で一緒にプレーしたブーマーのことを知らない世代の人もいると思うので、簡単に紹介しておく。ブーマーは1983年に阪急に入団。身長2メートル、体重100キロの大男で、パワーだけでなく、柔らかさも兼ね備えた右打ちの一塁手やった。1年目から規定打席に到達して打率3割4厘、17本塁打の成績を残したけど、研究熱心な選手として、真価を発揮したのは2年目から。苦手の内角も打てるようになり、打率3割5分5厘、37本塁打、130打点で、バースより1年早く外国人選手としては初の3冠王に輝いた。
MVPになった84年の優勝は、ほんまにブーマーのおかげやった。日本語の勉強も熱心で日常会話は苦労しなかった。異国の地に溶け込む姿勢が成功した理由やろうね。かわいそうやったのは、同じリーグに落合博満というライバルがいたこと。落合は85、86年と2年連続の3冠王。ブーマーは86年に3割5分、42本塁打の好成績で無冠なんやから、相手が悪かったとしか言いようがない。落合が87年にセ・リーグに行くと、ブーマーは打点王3回と首位打者1回を獲得した。これだけの実績を残して殿堂入りできないなら、外国人差別と言われてもおかしくないと思う。
マスコミの報道ももう少し何とかならんかな。発表当日に騒ぐだけで、事前の盛り上がりに欠ける。投票が始まる頃に「この人が選ばれそう」や「この人が入らないのはおかしい」という議論が活発になればいいんやけど。そういう議論の中でブーマーの再評価につながってほしい。もっと評価されるべきなのは加藤英司もそう。ブーマーより早く3冠王になっていてもおかしくなかったほどの打者やった。首位打者と打点の2冠を獲った79年は、キング争いで近鉄のマニエルに僅差で敗れたが、阪急の投手陣がしっかり抑えていればと、今でも思う。
今回はバース、ラミレスとともに、特別表彰で作曲家の古関裕而氏も殿堂入りを果たした。「栄冠は君に輝く」「六甲おろし」「闘魂こめて」を作曲。球界への貢献は文句なしやけど、惜しむらくは亡くなっていること。殿堂入りにふさわしい人たちは、元気なうちに表彰してあげてほしい。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。
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